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2010年1月

2010年1月31日 (日)

氷の道

モスクワと同じ格好(27日参照)でオイミャコンの玄関口であるヤクーツクに着きました。外はマイナス36度。無理無理。まるで頬をひっぱたかれるような冷気。息をすれば、その冷気が喉を通りゴホゴホ咳こんでしまう。ヤクーツクでこんなだからオイミャコンは!?街の市場で「死ぬほど寒いから行くのはやめろ」と日本人そっくりの地元民に云われる始末。不安を抱えながら一泊し翌朝、出発前のホテル。吹き抜けのロビーをパシャリ。008_2

すかさず、常駐のSPがやってきて「撮るな!」と。

そう云えば、旧ソ連時代は領空に差し掛かると、写真撮影禁止の機内アナウンス。でも今回はなかったような。やっぱペレストロイカかな~。でも国内ではむやみに撮影できないのは変わらないんだな~

ホテルを出て数分でレナ川という川幅4kmもの大河を渡ります。

いや・・・・・・・・・走ります。凍ってるんです、川が!氷の道(タイトルバック)を走るんです。

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そもそも橋がないのです。ていうか、橋作っても氷が溶け、流氷のごとく流れだしたら、橋げたを橋そのものを破壊してしまうから作れないそうです・・・・・なるほど納得!

この川を超えると「コリマ街道」に入り、800km先にオイミャコンがあります。

壮絶なドライブが始まるのですよ!

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2010年1月29日 (金)

やっぱり、かかっちまった

空気中の酸素は平地の三分の二、あな恐ろしや世界で一番標高の高い街。徐々に慣れるために着いたその日宿泊したのは、エルアルトより500m程下の首都ラパスにあるホテル。皆で食事をしたあと明日のために早々と就寝のつもりが・・・・・眠れない。うつらうつらするも一時間もしないうちに目が覚める。その繰り返しで結局朝を迎えました。食欲もなく、全身を襲う虚脱感、倦怠感。頭痛、空ゲップ。ハッキリ云って最悪の状態でした。まさに「高山病」。日本を発つ前に主治医(勝手に僕がそう思っている)が処方してくれた予防薬・ダイアモックスはまったく効かず。血中の酸素濃度を測定する(人差し指に挟むタイプ)と標準値100を軽く切り80台後半。70台で危険信号、60台で死ぬ、と。ドヒャ~!すべきことは大きく深呼吸。鼻で吸って口で吐く。酸素を、もっと酸素を!コーディネーターのネメシオさん、僕に「これを食べろ!」と乾燥させたコカの葉を!コ、コ、コカ!?コカインのコカ!?もち、ボリビア国内では合法。甘草に似た味。高山病の症状を緩和してくれるらしいが一向に・・・・・・オイミャコンのように寒けりゃ着ればいい!とは違い、いる場所そのものが原因での危機的状況。まじ最大の窮地でしたね~。

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なおかつ、僕以外のスタッフは高地は慣れてる人ばかり。現地コーディネーターはもちろんのこと、なんとカメラマンはエベレスト経験者。僕だけが高山病にかかり、孤独感この上なし。プロデューサーは「オータカさんは腹式呼吸ができるからかからないよ」と云ってたけど、思いっきりかかったっつ~の!

着いた翌日にくじけそうになったのは事実。あとは身体が順化していくのを待つしかないわけで・・・・・・・ま、徐々に食欲も増し、体調は戻りつつあったのですが、頭痛との戦いはしばらく続きました。

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で、高山病の後は空気の薄さを身を持って実感するわけですが、それはまた今度!

ちょっと、ネガティブな内容だったので画像は明るめに、放送では全くカットされてしまったお祭りの風景を。

(明日30日、テレビ朝日系「凍える牙」午後9時。http://www.toei.co.jp/release/tv/1190662_963.html

あ、31日のTBS系列「特上カバチ」午後9時も!見てください!)

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2010年1月27日 (水)

マイナス50度の格好って・・・・

モスクワを訪れたのは2度目。前回は崩壊前のソ連、1990年でした。日本テレビの「謎学の旅」のレポーター、そん時は初めての海外で、しかもソ連て。着いた空港は薄暗く不気味でイミグレのおばさんはロシア語をまくしたて、やたら因縁をつけようとする素振りがプンプン(これは今も変わってません)。

20年近く経って、およそ同じ空港とは思えないぐらい明るく、洗練されていました。これもペレストロイカ!?

さて、モスクワはマイナス10度にもならないぐらい、もちろんこれでも十分に寒いです。モスクワでのコメント撮りを終えて、ワシリー寺院をバックにパシャリ。

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ま、いわゆる冬の格好。パンツの下はもちろんタイツ着用。まだこの時、ヒートテックの存在知らなかったんだよな~。

これが、オイミャコンに行くと、こうです!

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出発前にお茶の水の石井スポーツで調達した完全装備。実はこれは、オイミャコンに行く途中のトイレ休憩。ホントは手袋はもう一枚、どでかいミトンみたいなのをします。耳も出して前も開けてますが、暖房の効いた車から出て間もないからで、一分もしないうちに、耳あてをし前も留めねばなりません。ブーツも分厚くてゴテゴテ、なんでもマイナス100度にも対応できるそうです。

で、この装備一式、今、物置に眠ってます。また使う時が来るのかなな~

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2010年1月25日 (月)

その空港は標高4000m!

昨年の8月12日、暑い日本を発って季節が真逆の南半球に行きました。

目指すは、世界一標高の高い街、ボリビア・エルアルト

成田からまずアメリカ・アトランタへ。飛行機乗り換えてペルーのリマで一泊。翌朝、隣国ボリビアのエルアルト空港まで実に39時間。ヒエ~~~~・・・・でした。

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そしてさらにヒエ~~~なのは、到着した空港がすでに標高4000m。

エルアルトはスペイン語で「高い」って意味、まんまですが・・・・

アメリカのイミグレとは較べものにならないくらいすんなり通れたボリビア。空港を出てもすぐには、標高4000mの「感触」はわきませんでした。ま、悲劇は翌日、起きるんですけどね、そのハナシは置いといて。

放送では、クッキーの小さな袋が気圧の関係でパンパンになっているところが流れたのですが、ホントは、もっと大きめのポテトチップの袋がパンパンになってるのを見せたかったのですよ。が、リュックの中を見ると、件のポテトチップは膨らみ過ぎて破裂してました。あぁ、恐るべし標高4000m!

エルアルトはもともとボリビアの首都ラパスの一部だったのです。ラパスは標高3700m程(ほぼ富士山だ~)のすり鉢状の地形の都市。人口が増え、人々はすり鉢の上の「アルティプラノ」と呼ばれるアンデスの平坦で広大な大地に家々を建て街ができたのです。

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エルアルトから見たラパスの街並みです。ラパスも80万人を超える人々が住んでます。4000mの空港から車に乗り少し降りてきたところにいきなり広がったラパスのレンガ色の大パノラマ。忘れられませんね~

ま、翌日 襲いかかる悲劇を知ってか知らずか(クドイ1?)僕は酔いしれてました~。

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2010年1月23日 (土)

近くて遠いオイミャコン

世界で一番寒い村はロシア・シベリアの北東にあるオイミャコンという小さな村。なんでも定住地での最低気温、マイナス71.2度を記録したところです。世界地図で見ると日本を真っ直ぐに北上すると着くんですが、僕らは、まずモスクワに入り、それからヤクーツクに行き(ここまで飛行機)、で、それから車で二日以上かけてオイミャコンへ!

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ハバロフスク経由もあるそうなんですが、悪天候で飛行機が飛ばないこともしばしば、だそうで確実なモスクワ経由を選んだわけです。

さて、今オイミャコンは

http://nihongo.wunderground.com/global/stations/24688.html

最低気温が軽くマイナス50度超えてます。

僕がオイミャコンを訪れたのが去年の2月だから、似たような時期です。実際僕らの滞在中に

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マイナス53度を経験しました。定住地の最低記録がマイナス71.2度で温度計が72度まであるのが、シビれますね~

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オイミャコンは自然豊かな村ですから、一番冷えるこの時期は村一面「樹氷」だらけです。

ほんとに綺麗です!と思えたのはしばらく経ってからで、着いた時は、正直えらいとこに来ちまったな~というのが本音なんですけど、その話はまたいつか!

さて次回は世界で一番標高の高い街・ボリビア・エルアルト編を!交互にご紹介して行こうかな、と。

(あと、もいっこhttp://www.tbs.co.jp/radio/shiawase/guest/ ←早起きして聴いてくださいませ)

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2010年1月21日 (木)

ブログ始動予告っす!

俳優業の傍ら、2009年、NHKの「世界一番紀行」のレポーターとして、世界で一番寒い村(ロシア・オイミャコン)と世界で一番標高の高い街(ボリビア・エルアルト)に行ってきました。マイナス50度の世界と標高4000mに80万人が住む街を画像を交えながら紹介していきたいな、と。まずは、去年の2月に行ったオイミャコンから!ただいま鋭意作成中っす!もちっと待ってください!(ちなみにタイトルバックは雪原ではなく、凍った河であります)

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