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2010年2月

2010年2月28日 (日)

キャンディー・タワー

オイミャコンのトイレは外にあります。-50度なのに、です。トイレに行くのに完全防寒装備を着込まなければなりません。

おしっこは、ま、男ですから、ちょいと出すだけで済みますが・・・・・。あ、ちなみに、-50度下で、おしっこしても、逆さツララが出来ることはありません。

極寒地の人は、おしっこする時にカナヅチを持っていき、割りながらおしっこするという都市伝説は全くのデマです。

さて、一番の問題は、大きい方です。なんせ、-50度です。普通、トイレは一人になり漫画や新聞を読んだりする、心のオアシス(!?)のはずが

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↑こんなです。いわゆるポットン式、日本人にはなじみの深いしゃがみ便所です。ドアを開けると、敷き板の真ん中にぽっかり穴が空いてるだけ。そして囲い板もすきま風ピューピューです。ていうか、ドアの上思いっきり空いてます。くどいですが、-50度下、ここに入り、お尻を出すわけです。

短期決戦です。のんびり漫画を読むなんて、自殺行為です。切れよくすんなり済ますしかないのです。健康面にも気をつけなければなりません。

ですが、臀部の皮下脂肪は思いのほか厚かったようで、寒いことは寒かったですが、トイレに行くのが憂鬱ということはありませんでした。

そしてポットン式なのに、無臭なのはびっくりでした。これぞ-50度。したそばからモノがカチンコチンになり臭いも封じ込めてしまうのですよ。

で、ぽっかり空いてる穴を覗くと、そこには驚愕の風景が!穴自体は2~3m程掘られているのですが、底から地上に向かって、モノの塔が出来ているのです。積み上げられては凍り、凍っては積み上げられ、それはそれは見事なタワーが!

ちょっと、ここでお口直しに、モスクワのホテルのバスルームを

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業界の某エリアでは、「大」のことを「キャンディ」と云うそうです。「あたし、三日もキャンディ出てないの」といった使い方をするとか。

オイミャコンに行く直前にこのハナシを聞いていたので、皆に話したら、コーディネーターのアレックスさんまで「洋式便座でキャンディがしたいで~す」と。

そしてトイレに行く人は、口々に「ちょっと・・・キャンディ・タワー高くしてきます」

現在、東京スカイツリーは300mを超えました・・・・・だから

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2010年2月26日 (金)

Hero

所属する劇団第三舞台の第四回公演「電気羊はカーニバルの口笛を吹く」で、僕の役名は「チェ・デバラ」でした。もちろんこの人

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チェ・ゲバラをもじった名。

それにしても、デバラ・・・・出腹・・・・・って(笑)

不名誉と光栄が混在する素晴らしい役名をくれたのはもちろん鴻上尚史

さて、ご本人ゲバラはアルゼンチン生まれの革命家、近年その波乱の生涯が映画化もされ、あのジョン・レノンをして「世界で一番かっこいい男」と云わしめた人です。

世界を渡り歩いたチェはボリビアで暗殺され革命人生を閉じました。

ラパスからエルアルトに入ったあたりに彼の像があります。

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(チェ・ゲバラとチェ・デバラ)

すんません、本物にピンがきてないのでもう一枚!

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でも、顔、もちっと似せて欲しかったな~

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2010年2月24日 (水)

ゴジラ

-50度で何が起こる?滞在してしばらくした頃、午前中を実験に費やしました。

もちろん、バナナで釘が打てました。

バラの花もパリパリと握りつぶせました。

キャペツもバットで叩いたら木端微塵になりました。

リンゴも石のように硬くなり、かじったら歯茎から血どころか、歯ごとなくなっちゃうようなカチンコチン。

カップラーメンを-50度下で食べたら・・・・・・・?

食べてる最中に麺が凍り、フォークから手を離すと、レストランのディスプレイの蝋細工みたいに宙に浮くのでは・・・・と考えたのですが・・・・・・熱湯はさすがに-50度でもなかなか凍らず、見事、完食しました(笑)美味しかった~

で、熱湯を空中に散布してみたら、これはこれで、瞬時に真白い霧となり、きれいでしたね~

ま、これぞ-50度というのは、シャボン玉でした。吹いてすぐ凍り瞬時にガラス玉のようになり割れることなく手のひらに落ち、ころがるのですよ。

↑こんだけやりましたが、放送されたのは熱湯空中散布とシャボン玉だけです(笑)

さて、-50度下で息を吐いてみました042_2

ちょっと、分かりづらいので、いじってみると

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ほら、ゴジラのようでしょ!

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2010年2月22日 (月)

命の水

オイミャコンは村にインディギルカ川が流れ、地底から温水が湧き出ており凍結することはありません。この川の凍らない澄んだ水が-50度を超える真冬でも村の人たちに供給されるわけです。まさに「命の水」です。それは、標高4000mを超えるエルアルトでも同じです。しかもラパスを含め人口170万人近い人々に供給する水源は

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聖なる山と云われる ワイナ・ポトシ の雪解け水です。標高6088m、美しい山です!車で近くまで行きました。徐々に標高が上がり4700m程まで行ったところに、貯水ダムがありました。

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このあたりまでくると、若干また高山病の諸症状である眉間のあたりや後頭部に少し痛みを感じましたねぇ。今回の旅の最高標高地点4700m、高山病にびくびくしながら自然を楽しむ感じ、シビれます(笑)

でも、車を降りて間近に見えるワイナポトシの美しさ・壮大さと腹式呼吸で酸素をいっぱい取り入れながら徐々にテンションもアップ。

以前、ご紹介したアルパカもこの辺りで遭遇しました。

歩きながらそこかしこで雪解け水が音を立てて流れていて

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手ですくって飲んだんですが、これが恐ろしく美味い!オイミャコンのインディギルカ川の水も美味かったですが、軍配は↑こっちかな!

でも、コーディネーターのネメさんが、「地球温暖化で万年雪の部分がどんどん減少している、ラパス、エルアルトへの水もあと数十年で枯渇してしまうかもしれない」と。

当たり前に水を使い水を飲んで当たり前に水を出しっぱなしにして水を捨てている・・・・・

いかんですね~・・・・・・反省

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2010年2月20日 (土)

こ、こ、これも!

オイミャコンは人口約800人、ですから学校も、小中高まとめて一つの校舎です。その学校を取材に行った時のこと。あ、ちなみに -52度になると小学生はお休み、-56度で全学休校になるそうです。この4度の差は・・・・!?

日本では冬になると、やれインフルエンザだ、やれ学級閉鎖だ、とか云いますが、オイミャコンのように極寒地では細菌自体生きられないようで、インフルエンザなんてないんだとか、真冬でも皆いたって元気です。

さて、学校のクラブ活動でサハ共和国の民族競技の棒引きを見せてもらいました。

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長さ50cm程の棒を握り合って、真ん中の板に足を置き引っ張り合うのですが、足を置いて突っ張っていますが横に移動したりで、かけひきがポイントです。

出発前に、若干腰痛を抱えてた僕にディレクターが悪魔の一言。

「やりますか!?」

「え、聞いてないよ、ていうか、こんなんやったら腰爆発しそうだし・・・・」と云いたかったけれどディレクターはすかさず「相手はオータカさん選んでいいですよ」と

当然、一番痩せていて弱そうな子を選んだのは云うまでもありません。

先に2勝した方が勝ち、先勝してこのまま決めようとした二回戦目あっけなく負けました。え、なになに、日本から来たおっさんに花を持たせてくれたの・・・・・わざと手加減してやがったか・・・・・腰痛も忘れて僕の闘争心に火が付きました。中学生相手に目ぇマジです(笑)大人げないですが腰爆発覚悟でおやぢ力ふりしぼりまくりました。

で、勝った・・・・・・んですが、今思うと、三回戦目も手ぇ抜いてくれてたのかな~

ま、このくだりもオンエアーでは、まるまるカットされたんですけどね(笑)

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僕のとなりが、ボリビアの酸欠プロレス(18日参照)もこの棒引きもばっさりカットしたディレクター安原さん、でもうらみつらみは全くありません(笑)それどころか、オータカかなりリスペクト!

その隣が、闘うカメラマン米谷さん、そして誰よりも日本に詳しいコーディネーター・アレックスさん。

あ、そうそう、翌朝、腰が痛くて目が覚めました。

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2010年2月18日 (木)

愛しのヨランダ

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おやぢニンマリです!彼女の名はヨランダ。一児の母で、なんとプロレスラーです。美しい人です。

世界で一番標高の高い街で運動量の激しいプロレスが大人気!でも、日本のように派手なコスチュームで登場し艶やかなレオタードで戦うわけではありません。ヨランダをはじめ女子レスラーはチョリータと呼ばれる先住民のファッションで戦います。

街を歩いていればポリエラというヒダのスカートを穿いたチョリータ・ファッションのご婦人方がたくさん。

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チョリータに誇りを持つ人々にしてみれば、目の前で自分と同じ格好のヨランダがヒール(悪役)の白人男性レスラーをとっちめる姿はスペイン入植後のボリビアの歴史をふまえながらの爽快痛快、ストレス発散、テンション大爆発です。

観客席は女性陣の声援で大盛り上がり。もちろんガチで戦えばかなわないはずの男子レスラー。そこはそれショーですから。

後日、ヨランダのプロレス練習場を見学。そう、見学・・・・だけのはずが

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僕の隣のおじさん(リングネーム・ミスターアトラス)がヨランダとスパーリングの最中、Hey Jacky! とリングに呼ぶのです。(一昨日の記事参照、もうフツーに自分から Call me Jacky! と云ってましたね~)

「ちょ、ちょ、ちょっと聞いてないから」「早足で歩いても息が切れるような高地でプロレスなんて無理だから」と主張したのに、ディレクターは「やっちゃいましょう!!」

結局、アトラスの教えられるままに、ヨランダと組み手をやりました。ま、アトラスとだったら断固拒否したんですけどね(笑)。

ヨランダに金蹴りをされ、逆襲に転じ、彼女の髪の毛をつかみ振り回したり、投げ飛ばしたり、最後は僕がフォールするんですけど。息も絶え絶えになりながら頑張りました。

くどいようですが標高4000m超えです。「絶対オンエアーで使ってくださいね!」の懇願むなしく、ディレクターはこの酸欠プロレスのくだりはまるまるカットしておりました。

おもしろかった~って云ってたじゃねぇか!(笑)

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2010年2月16日 (火)

世界で一番寒い村

成田を発って命の危険を多少なりとも感じながら5日目にようやく到着した、世界で一番寒い村ロシア・オイミャコン。1926年に華氏-96度、僕らに馴染みの深い摂氏でいうところの、-71.2度を記録したそうです。020

「世界最寒の碑」を撮影中です。カメラマンの米谷さんの頭でちょいと隠れていますが、赤く「-71.2℃」とあります。碑のてっぺんが旧ソ連の国旗のマークのままですね~・・・・。とにかくその下は、青く「オイミャコン・世界一寒いとこ」と。

しかし、ここにたどりつくまでほんとに長い道のりでした。やっとやっと着きました。地球儀を見れば日本をまっすぐ北上したところにあるオイミャコン。経度もほとんど変わりません、時差も一時間です。なのに、なのにオイミャコンにたどり着くまで気の遠くなるような時間がかかりました。

この碑の前で小一時間ほど撮影していたでしょうか、-71.2度とまではいきませんが、それでも-50度にちょいと足りないぐらいでした。防寒具は万端とはいえ長居は危険です。指先、足先は完全に冷え切ってしまいそれはそれは痛い、痛い。ですが、痛いのはまだいいそうです。痛みを感じなくなったら危険信号、すわっ凍傷!?ってやつです。

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実際、日本から凍傷ケアのクリームを持っていき、朝起きると顔を洗ったらそれを塗るというのが日課でしたね~。久月じゃないですが、僕も俳優ですので、一応、顔が命・・・・・エヘヘヘ・・・・かな、と。

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2010年2月14日 (日)

Call me Jacky!

コーディネーターのネメさん(10日参照)から「君はジャッキー・チェンか?」と南米ジョーク(!?)を云われ、そのままラパスの小学校を取材に行きました。ひとしきり撮影が終わって車に戻ろうとすると、ペルー在住の日本人コーディネーターの、すずきともこさんが「オータカさん、子供たちがジャッキーが来てる!会いに行こう!って騒いでましたよ」と。そんな、社交辞令的世渡りジョークは、もう少し大人になってから覚えたほうがいい、と云いたかったけれど無理なので次のロケ地に向かいました。

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(↑本物)

標高のちょいと低めの白人富裕層が住む地域でのこと。撮影現場まで歩いていると、中年女性が猛ダッシュで近づいてきて、僕の手を握りスペイン語を速射砲のごとく。一方的に喋って去って行きましたが、その女性は確かに「ジャッキー」と云ってました。ともこ女史曰く「オータカさんのこと、完全にジャッキー・チェンだと思ってますね」と。

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(右より ともこさん、ご主人のウォルターさん、偽ジャッキー)

翌日、午前中の撮影終了後、昼食に入ったレストランでのこと。僕が入るやいなや店内がざわつき始めたのです。日本でも無いのに(笑)。テーブルに座ると、そこかしこから注がれる熱い視線。事の発端(?)のネメさん、「皆がジャッキー、ジャッキーって云ってるぞ!」と。そろそろ高山病も緩和し体調も戻りつつあった僕はつい調子に乗って、熱い視線に手を振って答えてしまいました。

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(左より ネメさん、偽ジャッキー)

その後も行く先々で「ジャッキー!」と云われ続けました。人もおだてりゃ木に登る?。数日後、皆と行った日本食レストランでのこと、オーダーに来たボリビア人のイケメン君に I'm Jacky Chan. と云ったら鼻で笑われました。見事に木から落ちましたが、それから数日後またそのレストランに行き、かのイケメン君に Do you remember me ? と聞くと彼はすかさず答えてくれました。

Jacky Chan!

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2010年2月12日 (金)

オイミャコンまでもうちょい!

ま、いろんなことがありすぎるコリマ街道のドライブ、過酷なことばかり・・・・・の印象を与えがちですが、楽しみは食事だったりするわけで、何にもない一本道でも途中こんなドライブイン的カフェもあります。028

ここで食べたボルシチは、それはそれはうまかったですね~。それにしても、延々車に乗って揺られて休憩してメシ食っての繰り返し。いけどもいけどもオイミャコンはどこ?って感じで。で、↑んなカフェがあったのは最初の方だけで、しばらくいったらもう、あるのは数十キロごとにポツンとあるガソリンスタンドだけ、ひたすら続く一本道。食事は事前に調達しておいたパンや缶詰を車の中で食べてました。外で食べれば気持ちいいはずなんでしょうが、マイナス40度超えではコーヒーもあっという間に冷め、パンもカッチカチになってしまいますし、第一食べてる僕らが寒さに耐えられないですね~。027

これは街道沿いに何か所か同じものがあって、ドライバーが運転の無事を祈る場所だそうです。自分のハンカチとか衣類とかの切れ端を結んだり、タバコやコインを供えたりします。モスクワ在住ロシア人コーディネーターのアレックスさん、思わずピースサイン。ですが、オイミャコンで彼を苦しめる出来事が!この時はまだ知る由もなかった・・・・つづく

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2010年2月10日 (水)

そりゃ、負けるよ!

エルアルトから見たラパスの光景です。後ろの山は6000m超えのイリマニ山。中腹あたりから街並みがあるような感じと空の近さを考えると、いかに自分が高地にいるかわかります。市街の真ん中あたりにサッカー競技場が見えます。

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この競技場であのメッシを擁する強豪アルゼンチンがボリビアに1-6という歴史的大敗を喫しました。ボリビアは狂喜乱舞、メッシは「二度とやりたくない」と云ったそうな。そりゃそうですよ。4000m近い高地の競技場でアルゼンチンのメンバーが90分ピッチを走り抜くなんて殺人行為です。僕なんか走るどころか早足で歩いても100m持ちませんでしたから。ま、そんなボリビアも強かったのはホームだけで、ワールドカップ出場はなりませんでした。そしてこのハナシを高山病で具合の悪い僕を元気づけよう(?)と話してくれたのが

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現地コーディネーターのネメシオさん。スペイン語、アイマラ語、英語を話されます。ネメさん撮影初日、初めてお会いした日、僕を見るなり You are Jacky Chan? と。何度も云いますが高山病で具合の悪い僕はネメさんのこの軽いジャブをかわせずにそのまま撮影に出発しました。ジャッキー・チェンのハナシはまた今度!

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2010年2月 8日 (月)

凍死じゃなくて・・・・

コリマ街道をひたすら・・・・・。前も後ろも、対向車もほとんどない、かなり孤独で過酷なドライブ。ところが、少し先の方で車が数台止まり騒がしい様子。僕らも車から降り近づくと、小さな橋の下に4t程のトラックが転落していました。あんぐり、です。そのトラックを6WDの超大型トラックがワイヤーで引き上げようとしていました。幸い、ドライバーは怪我もなく引き上げを手伝っていました。

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それから、またしばらくして今度は僕らが対向車のトラックをよけようとして山側の側溝にはまり車が30度ほど右に傾いて動けなくなっちまいました。ふかせどもふかせどもウンともスンとも云わない。すぐさまそのトラックのドライバーが戻ってきてくれてぶっといロープを出してバックで牽引して無事救出されました。でも、これが山側でなく谷側だったら、と思うとゾっとします。

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で、もいっこ。またしばらくすると、僕らのドライバー、ジーニアが突然車を停めたので、何かと思えば。対向車線に崖の方に流れている轍を発見。車から降り見に行くと10m程の下に乗用車が転落していました。またまた、あんぐり、です。ジーニアがすかさず崖を降りて行って運転席を確認。ドライバーはいませんでした。ジーニア曰く、血痕もないし自力で脱出し車をひろって帰ったかも、と。え、ちょ、ちょっと簡単に云うなよ~。崖だし、落ちてるし、車ボッコボコだし、マイナス40度だし~、って云いたかったけど。

ま、立て続けに三件。一億の保険をかけての旅、お世話になるなら凍死じゃなくて、↑んなことかな、と気付かされた日。オイミャコンまでもうすぐなのに・・・・・・

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2010年2月 6日 (土)

ミラバケッソ!

CMで一挙に市民権を得た、アルパカ。ボリビアに行く楽しみの一つでもありました。エルアルト、ラパスの人たちの飲み水の源を求めて6000m超えのワイナ・ポトシという山に向かう途中に逢うことができたのです。雪解け水を飲みに来ていたアルパカをパシャリ。かなり警戒心が強いみたいで、これ以上ちかづけなかったのが残念です。047

南米アンデスには他にリャマ、ビクーニャ、グアナコとアルパカを入れて4種類、毛そのものが大変あったかく、毛布やマフラー等に使われる動物がいます。

もちろんグレードがあるらしく、なんといってもビクーニャが一番暖かくめちゃめちゃ高いんです。つぎが、グアナコでそれからアルパカ。で、

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リャマだそうで。このリャマ、今回取材させていただいたビルマさんのご実家で飼われているリャマです。なんでも近づくとリャマは防衛本能か、唾液を吐きかけるらしいんですが、それが臭くてなかなかニオイが落ちないと云われたもんで、おっかなびっくり、ぎりぎり近付けるとこまで行ってパシャリ。

写真を載っけててなんですが、コーディネーターから「リャマはうまい!」と聞かされていたもので、リャマ食って日本帰ろう!ということになり、撮影が無事終了し帰国前夜、タクシーを飛ばして行きました。

臭みはまったくなく、上質の豚肉と云った感じで、正直ボリビア滞在中に食べた肉類で一番うまかったですね~。ちなみに、ボリビア人はリャマは食べるがアルパカは食べない、ペルー人はアルパカは食べるがリャマは食べない、そうです。

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2010年2月 4日 (木)

白骨街道

ちょうど、一年前の今日が、オイミャコンに向けて出発した日です。今年は暖冬(!?)なのでしょうか、ここ数日間、オイミャコンがマイナス50度を超える日がすくないような・・・・。http://nihongo.wunderground.com/global/stations/24688.html

僕が出発する前、いつもチェックしてたのですが、連日マイナス50度を超えていました。

さて凍れる大河、レナ川を渡り、コリマ街道に入るわけですが・・・・。

Photo

この街道は、ソ連・スターリン政権時代、金採掘のため、強制収容・強制労働が生んだ道です。凍えるような状況下、満足な防寒具もない中、一日10数時間も働かされたそうです。疲れて倒れる人、凍死する人はそのまま、ほったらかされたり、道の下に埋められたりしたそうです。だからこの街道は別名・白骨街道と。

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オイミャコンまでの800kmの足はこの車です。なんでも、軍用車だそうな。もちろん4WD。フロントにカバーが掛けてあるのは、エンジン部分が凍るのを防ぐためです。車のことはよくわかりませんが、道も悪路なもので、まぁ揺れる揺れる揺れまくるわけです。車は6人乗り。ディレクター、カメラマン、音声さん、通訳さんと僕。後部座席が列車の4人掛けみたく対面式になってるんですよ。だから進行方向と逆に座る席は、まぁ酔う酔う酔いまくる。すぐ通訳のアレックスさんと場所変わってもらいました。モスクワ在住のアレックスさん、僕より漢字知ってます(笑)ま、このハナシは追い追い・・・・。

このコリマ街道、中継地点のハンディガというところまでが、相当な悪路なのですが、3つ程、話しておきたいことが・・・・・じゃ、次回に!

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2010年2月 2日 (火)

ガチンコ登山!

首都ラパスの宿を出発し、歩いて、崖の上の 世界で一番標高の高い街「エルアルト」まで行くことにしたわけですが・・・・空気中の酸素が平地の2/3・・・・・果たして登れるかどうか、かなり不安でした。なんたって着いた翌日に高山病になった僕ですから。ラパスからエルアルトまでは標高差500m程。ラパスが富士山の頂上ぐらいなんですけど、富士山も登ったことのない僕が、いきなりその高さまで連れてこられて「もっと上まで行け!」ってわけですからね~。

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ホテルの目の前のサンフランシスコ寺院。スペイン人が入植して1543年に建てられたそうです。ここが出発地点です。最初はゆるやかな坂を、無理せずにゆっくり歩き始めましたが、徐々に坂の勾配もきつくなり、身体がいう事をきかなくなるんですよ。そして最強の難敵は坂がなくなり、階段だらけの道が続く箇所でした。恐るべし、酸素濃度2/3。数段登るだけでもう、息が上がる。休む。数段登る。息が上がる。休む。の繰り返し。登れども登れども着きゃぁしない!出発前に用意した水2ℓもほとんど飲み干さんかな。眼下に広がるラパスの街を眺める余裕などさらさらなく、ひたすら早く着いて欲しいと願うばかり。そして042

2時間半後、ようやくエルアルトに到着!放送では数分の出来事ですが、50のおっさんがガチで登りましたからね。ディレクターに「30倍速でノーカットでO.Aして下さいよ!」と懇願(笑)したほど・・・・・。

いわゆる、遠足とかマラソンとかなら、疲れること(こんだけ歩いた、走ったから)を認識できるわけで、この空気の薄い中での疲れは、「こんなはずじゃない、この程度で疲れるはずがない!」という、なんていうんだろう脳に伝達されない疲労感なのか、なんか、違和感がありました。あと不思議とすぐ回復するんですよね~。なんなんだろう?

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