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2010年3月

2010年3月31日 (水)

信じる信じないはあなた次第です!

これも全く放送されませんでしたが、ラパスから登ってエルアルトに入るとすぐ広大な市場が目に入ってきます。そのはずれのほうにちょいと妖しいゾーンがあります。2009_131

↑左手の方に青っぽい小さな家が何軒かありますが、この道にず~~っとこのテの家がならんでるのですよ。実はこれ、「占いの館」なんです。その館の何軒かおきにお店があり、占いに使うグッズを売ってて、占い師はお客さんの要望に合わせて、そこで商品を揃えて、自分の館に戻って占いをする、という。

で、まぁ、僕も占ってもらおうか、ということになり、一様「家族と仕事」のことを・・・エヘヘヘ。

おじさん占い師はそのグッズが売っている店に僕も連れて行ってくれたのですが

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リャマの赤ちゃんのミイラです。いきなり、これが目に飛び込んできてのけぞりました。これも占いに使うものなんですよ。これの他に、わけのわからない粉や、草みたいなのや、砂糖菓子みたいのとか、酒とか、とにかく手にいっぱい抱えて館にもどり、いざ、占いが始まりました。

おじさん、まずコカの葉を取り出し、机の上にばら撒いて、その散らばり具合を見て・・・・・

「仕事はおおむね順調!」と(どうなんだろう?)あと、気になったのが、「あなたのことを妬んでいる人がいる」と。どういうこと?よくわかんないけど、信じる信じないは別にして・・・・なんか、インチキくさ~い感じはしたんですけどね~

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で、これは、館の外で最後、占いに使ったものを荼毘にふしてるとこです。当然、あのリャマの赤ちゃんも。

この最中、スペイン語でいろいろ呪文のようなことを云ってくれてたのですが、それよりミイラとはいえ燃えていく様はなんかかわいそうで・・・・・

ま、なんだかんだ、いろんな意味でカットされた「占いの館」でした。

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2010年3月29日 (月)

至福

放送では全く登場されませんでしたが、とってもと~ってもお世話になったタマラさん!

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僕らのためにピロシキを作ってくれました。

そんなん、見せられた日にゃ、僕は黙っちゃいられません。すぐ手伝うことにしました。タマラさん僕にもエプロンを出してきてくれました。もう楽しいったらありゃしない。世界で一番寒い村に来てパン作り出来るなんて・・・・・・嬉。

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そして揚げたてのうまいのなんの、タマラさん手作りのフィリングが生地とベストマッチ。もう皆で食べまくりでした。029

そしたら、タマラさん、アツアツのピロシキにちょいと砂糖をつけながら食べ始めました。え?え?さ、さ、砂糖~???と思いましたが・・・・・・・な、なんと、右へならいで、皆でつけて食べてみたら、これがグ~~~なんですよ!

一度、やってみてくらさい!

それとも俺たち、ただ疲れてて甘いもん欲しかっただけなのかな~

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2010年3月27日 (土)

アンデスは昔・・・

南米ボリビア・エルアルトはアンデス山脈の中でアルティプラノと呼ばれる、平坦な台地に位置しています。

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ビルマさん(23日参照)のご実家はエルアルトから車で3時間ほど、途中チチカカ湖もちょいと見えたりしながら、アルティプラノをひた走ったところにポツンとありました。井戸水はありましたが、電気もガスもありません。森林限界を超えているから緑もありません。となりの家と呼べるものも見えません。だだ広い台地に一軒です。

(Dの安原さんとコーディネーターのすずきともこさん)

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スイッチを押せば部屋が明るくなり、つまみを回せば簡単に火が付き、蛇口をひねれば水が飲める生活を当たり前のようにしている僕らには、ここでの暮らしは到底想像できませんでした。

ご実家で飼っているリャマに水を飲ませに小さな川に行った時のこと

(ビルマさんの娘のエベリンとアナ)

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岸の干上がったところに白い砂のようなものが。え、何これ?もしかして・・・

し、し、塩!?

舐めてみました。確かにしょっぱかったです。

なんで、ここは4000m、ボリビアに海ないよ、ねぇ、なんで~?と興奮してるとコーディネーターの すずきともこ さんが「オータカさん、アンデスは昔、海だったんですよ~」と

なんでも、なんたらプレートとかんたらプレートが地殻変動でぶつかり合い隆起してアンデス山脈が出来上がった、と。

知らなかった~~~~!

ていうか、地球って すごい!

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2010年3月25日 (木)

極寒とは?

1926年に-71.2度を記録した世界で一番寒い村、ロシア・オイミャコン。旅立つ前に、防寒はもちろん、凍傷ケア等いろいろレクチャーしていただきました。その中で、固く云われたのが「金属に直接手で触れては絶対いけない」と。

「くっついたまま離れなくなります。無理にはがすと皮膚ごとベロッといきますよ」・・・・・・げっ!

ま、-50度前後の外で素手でいることはまずなかったので大丈夫っちゃ大丈夫でした。それより外で素手!なんて30秒と持たないでしょうね。で、一度冷えた手は、じわじわくる痛みとの闘いが始まります。それはそれは、痛い痛い、超鈍痛・・・・・・なんだろう、腹が立ってきます(笑)

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実を云うと、世界一標高の高い街ボリビア・エルアルト編と比べると、オイミャコンの画像は圧倒的に少ないんですよ。

撮影初日、コメント撮りを終え、僕も記念に一枚!なんてポケットからマイ・デジカメを出すと、な、なんと一枚も、ただの一枚も撮っていないのに「バッテリーを充電してください」と。なんじゃそりゃ!

米谷カメラマンも「カメラバッテリーも全然もたないんですよ」と云ってたっけ。

おそるべし-50度!!!

あっためるといいですよ、と米谷さん。

室内に戻って、デジカメを擦ってみると、アラジンは出てきませんでしたが、カメラは復活しました。次の日から冷やさぬよう、奥の奥の奥のポケットに入れて撮影に望みましたが、撮れる枚数は少なかったですね~

あ、時計も止まりました。暖かい部屋に置いといたら見事生き返ったのでよかったですが。

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オイミャコン村長からいただいた、世界一寒い村を訪れた証明書です

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僕らの滞在中の最低温度は -58度 でした。

惜しい、あと二度で オイミャコンの人さえも「寒い」と思う -60度だったのに~

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2010年3月23日 (火)

世界のJUKI

さてさて、一旦ハナシを戻しまして今日は世界一標高の高い街、ボリビア・エルアルトを!

すり鉢状の首都ラパスを背に僕と映っているのは、お世話になった、ビルマさん。

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最高最強のお母さんでした。彼女の仕事は、ボリビア原住民の民族衣装で20代の独身女性からお年寄りまでほとんどの人が穿いている「ポリエラ」というヒダヒダのスカートを縫いお店に卸すこと。

自宅での仕事風景、作成風景を見せてもらいに伺うと、ミシンの腹に燦然と輝く「JUKI」の文字。

「あ、僕も同じJUKIのミシン、持ってるんですよ~」と喉まで出かかったのですが、NHK的にそれはNGワード。で、「ほ~、ミシンがありますね~」となんともさし障りのないマヌケなコメント。猛省。

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さて、このポリエラ、一着作るのに生地がなんと6mも必要です。フトゥ~のスカートなら3着ぐらいできちゃいます。だからお高い、だからお出かけ着、なるほど納得。しかもミシン縫いはお安い、高いのは手縫い。

ビルマさん、ミシンは単に仕付け糸がわりに使用してるだけでした。ミシンであらかた縫ってその上から手縫いをして最後にミシン糸を抜くというなんとも丹念にしあげておりました。

たしかに手縫いは温もりがあり、お店で見たミシン縫いの製品は、ちと味気ない感じがしたかな、と

浴衣も手縫いが一番ですからね~、とか云いながらシニアグラス(老眼鏡って云わないで!)なしでは針に糸も通せない僕はJUKIにお世話になりっぱなしです

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2010年3月21日 (日)

謝罪

「話したいことがたくさんあるん」ですが、なんせ情報公開許可が降りるまで、もうしばらくお待ちいただけますでしょうか、すみません。

「ここではないどこか」ってどこだよ!何の番組で行ったんだよ!お土産は?

いやはや、ごもっともです。では、ちょいとヒントを

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あ~、え~っと、ある日の昼食です。美味しかったです。

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あ~、え~っと飛行機ですね。これには乗ってません。

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あ~、え~っと夜景です。

その~、なんていうか、パンが食べれて飛行機があって↑こんな感じの夜景が見えるとこです。

ほんとすみません!もう少ししたら大々的に公表致しますので・・・・・

意外に長引いてる時差ボケボケのオータカでした

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2010年3月19日 (金)

故国は遥か遠く

「ここではないどこか」の空港からロンドンへ飛び、機を乗り換えて日本に帰る・・・はずでした。チェックインも済ませ同行スタッフと朝食を食べた後ひとりで Duty Free Shop をブラブラしていたら、場内アナウンスで聞きなれた皆の名前が呼ばれGateへ来い、と。行けばすでに皆も集まっていて「飛行機が飛ばなくなったみたいです」案内板を見ればしっかりと Cancelled の文字。もうパニックです。係員に案内されるまま、しこたま歩かされ、もう一度チェックインカウンターに行けば荷物が戻されていました。しかし、僕の荷物がありません。聞けば「あなたは別の飛行機、だからここで待ってて!」と係員。またパニックです。皆は「急いで!」と云われ僕を残して搭乗口へ連れていかれました。いきなりのひとりぼっちです。たったひとりで日本に帰るの!?

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(↑「ここではないどこか」の空港の某航空カウンター前)

とりあえず僕の前に並んでいる人に聞いたら、ここで待てばいいと云われたのですが、係員がカウンターで一人で応対しているので遅々として進まないのです。不安は募るばかり、で、15分程経ってたでしょうか「タカさ~ん」と、なんと同行スタッフのYカメラマン。急いだけど間に合わなかったのでまたここで待てと云われたそうです。急がされた上にこれじゃあんまり皆がかわいそうだ、と思うよりも戻ってきてくれたことが僕は嬉しくて・・・・・。不安な気持ちはすこし和らぎましたが、列は全然前に進まず、そこから2時間近く待たされました。その間、航空会社から、ジュースとパンの差し入れ。こんなもんでごまかされてたまるか~!カウンターの人間増やさんかい!、と英語で云えたらどんなによかっただろう。ようやく順番が来て、アジア系の係員がキーボードをしばらく叩いたあと「バンコク、成田」と。バ、バ、バ、バンコク経由~。ま、この際、どこ経由でもいいから皆と一緒に帰れりゃいいか。ところがです。他の皆は、なんとミュンヘン経由と云われたのです。僕に恨みでもあるのでしょうか。僕とスタッフは、近松心中の梅川と忠兵衛ですか。しかもミュンヘン経由とバンコク経由では後者の方が出発が2時間以上も遅く、僕はまた空港でひとりぼっちになるわけですよ。もう断固阻止、係員に懇願し、バンコク経由をキャンセルしようやく皆と一緒に帰れることになりました。

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20年前、地球トライアルという番組で訪れたことのあるミュンヘン(写真上)、こんな形で再訪するとは思いもしませんでした。あ、飛行機が飛ばなくなった原因ですが、機長の病気だそうです。びょ、びょ、病気~!?飛んでる最中じゃなくて、ほんとによかった~

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2010年3月 2日 (火)

ここではないどこか

ブログを始めてひと月ちょっと。オイミャコンとエルアルトについて、他愛もない戯言を書いてまいりました。

で、突然ですが、少し休ませていただくことにします。

「もうネタ切れか!」

「飽きたのか~!」

「ツイッターの方がいいのか~!」

とお叱りはごもっとも・・・・・・・・

実は、これから 成田に行きます。

多くを語るのはしばらくあとになりますが、帰国は3月17日+1~2日。(航空会社がストの可能性あり)

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時差ボケにめげず、すぐさまブログ復活はしたいと思っております。

iphoneの定額プラン、海外では適用されぬ、とのこと。渡航先からライブなブログをお届けしようとも考えたのですが、法外な料金を請求されますよ、とsoftbankの人。ならば、スカイプとかなんたらとかあるんかなぁ、と調べはしてみたものの・・・・・エアーマックなんたらが必要だとかなんとか・・・・・・いや、Windowsだし・・・・なら、ワイとかファイとか無線がラ~ンみたいな・・・・僕の許容範囲を遥かに超えたので・・・・・・あきらめました。帰国後、さらにパワーアップしますのでお許しください。

それでは、ちょいと 行ってきます

ここではないどこかより、皆さまの幸せを願ってやみません

          大高 洋夫 拝

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