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2010年6月

2010年6月30日 (水)

蚊、蠅、虻・・・・

オイミャコンを離れる時、送別会で「世界で一番寒い村に訪れた証明書」と共に

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ある物をいただきました。↓これです!

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木製のグリップ部分には「オイミャコン -71.2℃」と刻印されています。(この温度はオイミャコンが記録した定住地世界最低気温です)

この毛はグリップヘッドからもわかるように、馬の毛です。オイミャコンで貴重な食料となっている、ヤクート馬の尻尾の毛です

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さて、これは何に使うのかと云うと、オイミャコンは冬場はこんなですが

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これからの季節、日本と変わらないくらい暑くなります。30度超えもザラだそうで、緑豊かな大地になるようです。トイレのキャンディー・タワー(2/28参照)も溶けて倒壊してしまいます、怖っ!。当然、冬の間、息を潜めていた、いや、影も形もなかった「悪魔」たちが猛威を振るう季節になります。

聞けば、その「悪魔」たちは日本のソレより、かなり大きいとか・・・・・

そう、「虫除け」として使うのです、というか 虫払い ですね。

でも、僕は、本物のヤクート馬の尻尾の毛であることに感動したんですけどね・・・・感触は思ったより固くゴワゴワしてます。

ま、殺虫剤、蚊取り線香、虫除けスプレー、かゆみ止め、といった「文明と科学」に頼っているので、せめて、憎き蚊になるべく刺されぬようにと、まるで「魔除け」のように壁に掛けてあります。

整いました~

「殺虫剤」とかけて 「新作舞台初日開演5分前」とときます

その心は

どちらもキンチョウ(金鳥・緊張)です

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2010年6月28日 (月)

黒いダイヤ

今から40年程前、冬場、「当番」の人は、ちょいと早めに登校し、「モノ」を大きめのバケツに入れ、火種を用務員さんからもらい、後からくるクラスメイトのために教室を暖めておく仕事がありました。

石炭当番です

石炭と聞くと、「石炭ストーブ」「閉山」「蒸気機関車」「古くさい」・・・・・ってなイメージを描かれると思いますが、実際、日本で稼働しているのは、釧路炭鉱のみだそうな。

ところが、ロングイヤービエンの電力は、ばりばり石炭による火力発電です

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石油や天然ガスは、あと数十年の埋蔵量と云われる中、石炭は200年近く大丈夫、と。この驚愕の事実!

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ロングイヤービエンのあるスバルバル諸島は、この石炭資源の発掘権をめぐって国同士の争いが起きないよう、ノルウェーに主権を置くが加盟国は自由に行き来できるという条約を20世紀初頭に締結しました。

島民で石炭関係の仕事に従事している人はかなりいます。

日本では皆無に等しいものが、ロングイヤービエンでは、欠かせぬライフラインなわけです。

いや~、石炭、再発見です!まさに黒いダイヤです!

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「整いました~」

石炭とかけまして~ 世間を揺るがす大きな事件とときます

そのこころは

どちらもキシャ(汽車・記者)を走らせます

・・・・・・・・・おーたかっちです 

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2010年6月26日 (土)

黄色いコーラ

海外に行くと異文化に触れる楽しみは無論のこと、その土地々々のお酒を飲む事は仕事の疲れを癒してくれる最高なイベントです。

が、僕は前も云いましたが下戸です。正確には下戸になっちまいました。

その経緯を簡単に云うと、芝居で演出家に減量を強いられ、食事制限と共に3ケ月禁酒、打ち上げで久しぶりに飲むも うすら不味くて、徐々に酒量が減り、ついに2000年に断酒、現在に至る、ってな感じです。

しゃて、世界で一番標高の高い街、ボリビア・エルアルトに行った時、お祭りに遭遇。

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踊って呑んで、呑んで踊っての大騒ぎ!

僕の代わりに、コーディネーターの すずきともこ女史が、ガンガン呑んでくれました。

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↑もう顔赤い!?

でもって、お酒の代わりに僕の仕事の疲れを癒してくれるのはもちろんコーラ。

すべてのロケを終え、エルアルトを離れ、ペルーのリマ空港でトランジットのため一休み中

1935年、ペルーの建国400年を記念して発売された その名も

インカ・コーラ

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ペルー国内ではコカ・コーラを抑えてトップ・シェアだそうです。

ですが、炭酸が弱く甘みのあるインカ・コーラ、高山病でヘトヘトになった身体を癒してはくれませんでした、オータカの顔、疲れきってます

では、この画像から 「整いました!」

ロケ終了後のオータカとかけまして、出しっぱなしのコーラとときます

どちらも

気が抜けています

・・・・・・・・・・・おーたかっちです!

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2010年6月24日 (木)

なめたらいかんぜよ!

世界で一番北の町、ノルウェー・ロングイヤービエンへは首都オスロから飛行機で3時間程。北極点に一番近い町が、いかほどの寒さか・・・・・

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ー21℃ と。

オイミャコンの-50度を経験している僕にとってみれば、この程度は青汁を飲むぐらいかな、と。たとえがうまいこといってないのは勘弁してもらって、とにかく、恐るるに足らず、と。

ところが、です

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着いて翌日の撮影風景です。

画像ではわかりづらいでしょうが、猛吹雪なんです。音声のウッチー、たまらず、帽子とマフラーでフルフェイス・ガード状態です。

この日も-20度ぐらいでしたが、猛吹雪で体感温度は、ぶっちゃけ、オイミャコンの-50度よりも寒く感じました。どっひゃ~~~~!!!

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そんな吹雪の中、画像の右手の方から左手の町並へ向かっての歩きを撮影。↑ここ、夏場は川が流れていますが、冬は凍ってアイスバーンになっております。当然、僕の歩きは、滑ってはコケ、起きては滑り、また滑ってはコケるの繰り返し。なかなか、町までたどりつけない、かなり笑える映像でした。

が、

やはり、まるまるカットになりました~

なんかさ~カットした映像だけ繋げて、「供養上映会」開いて欲しいよね~、まじでまじで!

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2010年6月22日 (火)

ホムス

世界で一番寒い村、ロシア・オイミャコンで出会ったマドンナ、サルギラーナ嬢(6/20参照)

民族音楽クラブの部長で、「ホムス(口琴)」を口に咥え、巧みにいろんな音色を奏でておりました。

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ホムス(口琴)ってこんな音↓ 。

http://www.youtube.com/watch?v=BQuEhn7Kw7E&feature=related

ホムス(口琴)はユーラシア、東アジアに広く分布する楽器で、オイミャコンが属するサハ共和国でも代表的な民族楽器です。僕は、ほとんど残念な音しか出せなかったのですが、日本にもほぼ同じ形状のものが・・・・アイヌのムックリは竹製ですが、金属製でそっくりなものがあると教えていただきました。

ロシアと日本、どのような経緯で、この楽器が生まれ伝わったのか測りかねますが、お互い遥か離れた地で同じ楽器で同じ音を奏でている・・・・ロマンですね~

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足は取らなかったけれど、手取り手取り、「ホムス(口琴)」の音の出し方を教えてくれたサルギラーナ嬢。

病気や独りぼっちの時は、ホムス(口琴)を奏でると心が清らかになる・・・・・・癒しの音だ、と。

サルギラーナ、おじさんにはキミ自身が癒しだよ!・・・・・・なんて口が裂けても云えませんでしたが、↑このひと時は、まさに至福の時間

撮影終了後、闘うカメラマン・米谷さん「タカさん、目尻下がりっぱなしでしたよ!」と。

あの~、オータカは決してロリータなんとかではなく、ただ彼女が醸し出す清楚な雰囲気が、その~、たまらなく・・・・あの~だから・・・・・・いや~その~・・・・・・ホムス(口琴)ってホントにいいですよね~

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2010年6月20日 (日)

マドンナ しょの弐

今日はオイミャコンのマドンナを!

ほとんど、寅さん状態です。

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サルギラーナ嬢 14歳(当時)です

民族音楽クラブの部長で、僕に「口琴」を、足は取らなかったけど、手取り手取り教えてくれました。

↑これは僕の送別会の時に、着ていたサハ共和国の民族衣装です。綺麗すぎです、闘うカメラマン、米谷さんも、僕と一緒に鼻の下、伸ばしっぱなしでした。

送別会の最後に、即興で歌いながら手をつなぎ輪になって踊る「オソハイ」で締めることになったのですが、それとなく輪になろうとした時、僕の隣に、件のサルギラーナ嬢!

おじさんはトキメいたのでありました。

そして自然にあくまで自然に彼女の手を握ろうとした瞬間

黒い影がササっと忍び寄り、僕と彼女の間に割って入って来ました。

「だ、だ、誰だ~~っ?」

彼女のお母さんでした。

日本から来たおっさんが、可愛い自分の娘と手をつないで楽しそうに踊るなんて許せなかったのでしょうか、あっちゅう間のインターセプト。

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サルギラーナと手をつなげず、放心状態のオータカ!?

♪奮闘努力の甲斐もなく~今日も涙の~♪

右端にチラっと見えるのが、僕らの恋路(?)を邪魔したサルギラーナのお母さん、オイミャコン村の副村長でもあります。ロケのスケジュール等、大変お世話になりました。エヘヘヘ

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2010年6月18日 (金)

合宿生活

[ 土日割増 ]やら、[ オンシーズン料金 ]はどこにでもあるもの。

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こんなオーロラが晴天であらば、ほぼ100%の確率で見ることのできるロングイヤービエン。観光客の方々もたくさんいらっしゃってます。ですから、ホテルもそれに便乗して、ここぞとばかりに荒稼ぎしようと、宿泊料金が一挙に値上がりします。

そんな商売根性丸出しのホテルには目もくれず、僕らは、低予算でイイ番組を!(笑)ってことで、ゲストハウスに宿泊しました。

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食事に関しても、当然この時期、町に何軒かあるレストランの料金もなかなかなもの。なので、僕らは時間的に余裕のある時は、取材先で毎日のように訪れていた、スーパーマーケットCOOPで食材を調達して自炊しとりました。

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とにかく、なんでもあります。外食よりは安いし、毎日、トナカイやアザラシの肉じゃ飽きるわけで・・・・・。なら、皆で作るべ!これが、楽しい、楽しい。

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滞在の半分以上は自炊してました。ほんと、合宿生活。でもね、そこはそれ、男の大胆ガテン系料理、メニューはすぐにパターン化!

いや、おかずなんてい~いんです!

ヤローはね、白飯さえありゃオッケーなんです。

しかも、闘うカメラマン米谷さんと僕は下戸なので、白飯の他、コーラがあれば大オッケーなんです。

エヘヘヘ、酒は飲まないけれど鮭は食べまくりでした、ノルウェー・サーモン万歳!

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2010年6月16日 (水)

Angry

「山の手」という言葉をwikiると

東京においては、歴史的に江戸時代の御府内(江戸の市域)において、高台の武家地域を「山の手」と呼び、低地にある商工業が盛んな町を「下町」と呼んだ。とあります。

ボリビアはこれが逆。

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スペイン人をはじめとする白人の「お金持ってるんだそうだ」層はエルアルトの4150mよりはるか下、「南地区」と呼ばれる3400mあたり、やや空気の濃い所に居を構えております。

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必殺仕事人・安原ディレクターの後ろに広がる町並はまさに、その「お金持ってるんだそうだ」地区。ラパスやエルアルトのレンガ作りの家々とはまるで違う高級住宅街です。中には、ビバリーヒルズを思わせるような(行ったことねぇけど)大邸宅も。

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なんかね~、16世紀にスペイン人が入植し、インカ帝国を滅ぼした歴史が、まんま残ってる感じがして、あんまりいい気持ちじゃなかったですね~。ま、高山病も癒えてなかったってのもあったし・・・・・・

インタビューも「エルアルトはどんなところですか?」と聞けば

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「貧しいところです」とレーバン風サングラスの少年

あのな~、そんなことをいとも簡単に云ってのける、アンタの心が貧しいんだよ!と云いたかったけれど、高山病で頭ガンガン・・・・・・でもカチン!ときた

「南地区」なんて云わず、「山の手」にちなんで「山の足」とかって云うのはどうだい?えっ!?

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2010年6月14日 (月)

いつかおこる大洪水?のために

ロングイヤービエンは世界で一番北の町であると共に、「ノアの箱舟」があります。

気候変動、天災、人災、そして絶対にあってはならない、なんちゃら戦争からその「身」を守るために、貴重な食料源である穀物など世界じゅうのありとあらゆる植物の種子(Seed)が、ここ

Svalbard Global Seed Vault

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「スバルバル世界種子貯蔵庫」に保存されています。

永久凍土層だから保存的な面でこの地が選ばれたのでしょうか、それとも、スバルバル条約(6月2日参照)下のこの島に、40以上もの加盟国を敵に回してでも「核」を落とそうなんて考えるアホタレはいないと踏んでのことでしょうか・・・・・

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あ、そうそう、このくだりもマルマル Cut になりました~

中に入って取材しようにも、そう簡単には入れてもらえないんですよ。ま、外観のみの撮影だけでは、画的にもおもしろ味に欠けるし・・・・・

「地球最後の日」なんてのは、映画とかそこいら辺だけにしてほしいですね

この施設がフル稼働するような日が来ぬことを。

あ、いかん、なんか真面目に終わりそう。え~と、え~と・・・・・

あ、撮影終了後、この近くで立ちションしました。

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2010年6月12日 (土)

ひこーき

3度の「世界一番紀行」の旅で、往路復路合わせて、20回近く飛行機に乗っていますが、未だに慣れません

大、大、だいっきらいです!

搭乗口で笑顔で迎えてくれるCAさんに応える僕の頬はすでに引きつり、席に座るや否や、誰よりも早くシートベルトを締めます。

誰も見ちゃいない非常時の説明を真面目に聞いて、酸素マスクが降りてくる上部と非常口をちゃんと確認する極めて模範的な乗客なんです・・・・だって怖いんですよ、なんで、あんなドでかい鉄の塊が物凄いスピードで飛ぶのか訳わかんない

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離陸する瞬間も、座ってる身体ごと、のけぞるように傾くじゃないですか~、あん時、飛行機、ケツ擦ってんじゃねぇの?とか思うわけですよ。

翼の見えるとこに座ろうもんならたまんないですね。ブルブル揺れるでしょ、折れんじゃねぇの?っつうぐらいブルンブルン・・・・・・もうね、生きた心地しません。

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乱気流に入って、フリーフォールのごとく落ちたことも何回もあるわけですよ。機内に響く、怒号悲鳴、阿鼻叫喚、地獄絵図ですよ。

プロペラ機はエンジンが止まっても滑空するけど、ジェット機は構造上ただ落ちるだけ、と聞いたことがあります。ただ、落ちるだけ、て。

さて、第四弾、どこかはわかりませんが、100%飛行機に乗るでしょう。なんとかならんもんかね~

でも、飛行機事故は宝くじに当たるより可能性が低いと云われてます。

だったら、宝くじ当たってくれよ~ってハナシですけど・・・・・・

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2010年6月10日 (木)

Here Comes The Sun

「きょくや」と入力すると「極や」になってしまい、、キーボードを叩き続けても、目指す正解に到達しません、「局や」「曲や」あと「巨躯や」・・・・ってなんや?

「びゃくや」と入力すれば即「白夜」にヒットするのに

「極夜」の市民権はかなり低いようです。一日中真っ暗だから、あえて皆避けてるのでしょうか。「白夜」の反意語は?と問われ、「極夜」と即答できる人は少ないんでしょうね~。実際、ロングイヤービエン行くまで、僕も知りませんでした~

世界で一番北の町、ロングイヤービエンは北緯78度13分、一年の内11月から翌2月あたりまで「極夜」が続きます。

僕の滞在は3月頭からだったので、ようやく昼と夜のある一日になりつつある時期でした

3月8日、4ケ月振りにお目見えする太陽を迎えるための「太陽祭」が開かれました。猛吹雪で、ほんと鼻がもげそうなくらい寒かったですが、フェルトで作った手作りの黄色い輪っかを首に巻いた「太陽」の子供たちが今か今かと待っていたのですが、残念ながら、曇っていて、肝心の太陽は見ることができませんでした。

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この日まで僕自身、ロングイヤービエンで一週間近く、一切太陽を見ていなかったので、翌日、太陽が出た時は感動しましたね~

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まさに、太陽の恵みですね。一週間ほどでこんなに太陽が恋しく感じるのだから、4ケ月も見れなかったロングイヤービエンの人たちにとってみれば、まさに遠距離恋愛の恋人に会うような気分なのでしょうか。太陽のありがたさをヒシヒシと感じました。

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↑太陽祭でいただいたバッヂ

このバッヂをつけて、もうすぐ始まる梅雨を、大嫌いな梅雨を、太陽がなかなか見れない梅雨を乗り切りますか~!

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2010年6月 8日 (火)

マドンナ

「メ ヤ~モ タカ」

教えてもらったスペイン語で自己紹介すると、蚊の鳴くような声で「タカ」と云って彼女は頬にチュッってしてくれました。

可愛かったな~

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世界で一番標高の高い街、ボリビア・エルアルトで知り合ったビルマさんの末娘、エベリン、9歳です。

泊めていただいた日の夜、ラテン音楽にのせて、スカートを翻し踊ってくれました。ただひたすらの純粋無垢。

テレビが好きで、スペイン語は全くわからなかったけれど、二人でジャッキー・チェンの映画を見たりしてました。

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宿泊先のホテルでは、掃除が終わるとベッドメイクさんが大粒のチョコを一つサービスで置いてってくれるのですが、それをエベリンにあげると、それはそれは大喜びしてくれて・・・・・・次の日から、カメラマンの小野塚さんも音声の佐竹さんも愛しのエベリンにあげるようになり、彼女のポケットはいつもチョコでいっぱいになっていました。母親のビルマさんは、あんまりいい顔はしていませんでしたが・・・・・(笑)

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あれから一年近く、経ちますがどうしてるかな~

もっかい、エベリンに、チュしてもらいて~な~

いや、あの、別に、ロリとかそういうことじゃなくて・・・・・

50のオッサンの発言だから、そう取られてもしかたないですが、ビルマさんのような、愛いっぱいの強く優しい母になってほしいと願うばかりです。

うまく、まとめた感じ!?

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2010年6月 6日 (日)

やっぱ生っしょ!

冷たい海で身が締まり脂もノリノリ、こんなうまいものが、うじゃうじゃ泳いでいるというのに、しかもそれを焼くか煮るかだけで、新鮮一番、生で食す習慣がないんだそうな。

ノルウェーに住む人々はなんて大損こいてることでしょうか!と声を大にして問いたい、もったいね~~~!

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ロングイヤービエン滞在最後の日に、なんとかこのノルウェーサーモンの絶品ぐふふ味を堪能してもらいたく、寿司パーティーを開きました。

TBSの昼ドラ「新・天までとどけ」で寿司店々主の役をやったことがあり、当時のディレクターが「ホントに握れるようにしといて下さい」と云われ、知り合いのお寿司やさんに数日習いに行ったことがあるもんで・・・・・・

ま、見る人が見たら、なんじゃ、あの握り方は!ってことになるんでしょうが、エヘヘッヘヘヘ

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材料調達ですが、お菓子用に使う日本米に近いお米、お醤油・ソイソースはどこでもいつでも世界基準!?、寿司酢を作るための酢はビネガーで代用、そして、肝心な わさびは流石にないので、いかがしようかと悩んだ挙句、マスタードにしてみました(意外に合うんだな)。

で、100貫近く握ったのですが、なんと、完食してくれました。うれしかったですね~

まさか、まさか、の完食でした。もちろん、余ったら、大食漢のスタッフ揃いなので、皆で食べようと話していたのですが・・・・

闘うカメラマン米谷さん、画を撮りながら「俺たちの分がねぇよ~」とお腹をグ~

オータカには嬉しい悲鳴でした。

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2010年6月 4日 (金)

Africa

オイミャコンに住む人々に命の水を供給してくれるインディギルカ川で釣りをするイゴールさん

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表面は凍っていますが下を流れる川に網を張り、魚を捕っています

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滞在中、ルイベで食べた川魚です。捕ってそのまま放置して、数分でカチンコチン、つまりルイベになります。これを、ナイフで身をそいで皿に並べれば、すぐ食べれます。

なんたって-50度ですから。

それにしても、このインディギルカ川のロケは寒かった、痛かった、シビれました。

なのに、イゴールさん、「もう春じゃないか!」と

「12月、1月は-60度を超える日があり寒いが、今は10度も違う、暖かいよ!」とも。

実際、オイミャコンを離れる頃には、僕らも、-40度くらいだと「今日は、あったかいね~」なんて生意気にほざいておりました

「暑いアフリカにだって人は住んでいる、同じように寒いところに私たちは住んでるだけだ、慣れだよ」とイゴールさん

http://nihongo.wunderground.com/global/stations/63125.html

アフリカの北東、ジプチ共和国のジプチ市は、世界最高温度・72度を記録したことがあるそうな

やっぱ、行くしかねぇかな~

   

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2010年6月 2日 (水)

再び・・・・・・

世界で一番北の町・ロングイヤービエンのあるスバルバル諸島には1920年に締結された条約があります。

スバルバル諸島をノルウェーの統治下に置くが、加盟国はビザなしに働くことも住むこともできる、と。

もちろん日本も加盟国なので、今すぐ行って住めます。

とは云え、一年の内、ちゃんと昼夜のある月は4ケ月程で、あとは白夜か極夜(白夜の反対、ずっと真っ暗)・・・・・・・冬の寒さはかなり厳しく、夏は7度ほどにしか上がらないそうです。

でも、住めば都じゃないけれど、オイミャコンもそうでしたが、人々に悲壮感は微塵もなく皆笑顔が素敵で幸せにくらしておりました。

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ロングイヤービエンに住むことになった理由は人それぞれです。

今回の取材対象のミランです。

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旧ユーゴスラビア紛争時、クロアチアに住んでいたセルビア人のミランは戦火の中、奥さんと二人の子供を連れてノルウェーまで逃れてきましたが、ノルウェー国籍を取得できずにスバルバル諸島にやってきました。両親と兄を戦争で亡くしたミランは、いつか祖国セルビアに戻り、家族四人で暮らすことを切に願っています。でも、息子たちは・・・・・・・・

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ま、とか云いつつ、根っからのハイテンション・ミラン!

OK My friend ! と会話中に連発連呼!

これが耳に心地よい!ある意味、最高のコミュニケーション・ワード!

ある日のこと、「My friend! ヌンチャクできるか?」と突飛な質問

いきなりヌンチャクを持ち出してきて、ま、ブルース・リー世代のオータカとしてはできなくはないので、ちろちろやって見せたのですが、それを見てミラン、口元に不敵な笑み。

そしたら、うまいうまい!、ヒュンヒュンいわしてました。

なんのことはない自慢したかっただけなのですよ!

でも、なぜか、これ以降、僕の事を

ジャッキー・チェン って呼ぶようになりました。

http://hido703.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/call-me-jacky.html

またか・・・・・・・・・

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