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2010年7月

2010年7月30日 (金)

本文と写真はあんまり関係ありません

かれこれ20年も前のハナシ。日本テレビの「謎学の旅」という番組で、初めて海外を経験しました。崩壊前のソ連とイギリスに行ったのですが、痺れるハナシはもちろん前者の方が多い。けれど、大英帝国で。

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モスクワロケを終えて、一路イギリスへ。機内でランディング・カードに記入中、職業欄に迷うことなく [ actor ] と。これが悪夢の始まり。ヒースロー空港のイミグレーション、ちょいと意地悪な人もいますよ、と聞かされていました。

「何しに来やがった?」

あ、あの~、テレビの番組で、そろばんのルーツを探しに、大英博物館に行くんですけど

「おめぇさんは何者だい?」

あ、あの、僕はレポーターです

「レポーター!?、ここにはアクターって書いてあるじゃねぇか!これは、いったいどういうこってぇい?おめぇさん、ウソ書いたってぇ~のかい?え!?」

あ、え~と、だから、それは、あの・・・・(なんて説明したらいいんだよ)not only~but also とか使うのか・・・・どうしよ・・・・・

英語力の無さ、度胸の無さを自戒。結局、ディレクターを呼んで説明してもらい、なんとかイミグレ通過しました。

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↑これがすっかりトラウマに。やましいことは、蚤のつま楊枝程もないのに、それ以降、イミグレで審査を待つ間、心臓バクバク、キョドりまくりです。

長いフリでしたが、日本から南米へ行く場合、直行便はなく、アメリカ経由となります。アメリカは 9.11 以来チェックがかなり厳しくなり、僕らのように、経由であろうが、アメリカに入国したとみなされ、イミグレで審査を受けなければなりません。

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実際、ボリビアに行った時、アメリカ・アトランタ空港のイミグレーション。いつものようにキョドってました。周りを見渡せば、いろんな肌の人たち、日本人もそこかしこに。自分の目の前で、日本人が大柄な係官と別室に消えていく様なんて見せつけられたら、キョドり度MAXです。

「どこへ行くんだい?」

あ、ボリビアっす

「何しに?」

あ、テレビのドキュメンタリーで・・・・あ、僕はレポーターです、はい・・・・・

「お金はいくらもってる?」

あ、え~と・・・・持ってません(実際、ドルは持ってなかったからこう答えちまいました)

「何で?」

あ、あの~・・・・・レポーターは・・・・・・・お金いらないんです・・・・・(←何の根拠もないのに咄嗟に云ってしまいました)

「(笑)なるほどね。よい旅を!」

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アメリカのイミグレはいい人だった。

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2010年7月28日 (水)

一期一会

宿泊先の部屋に着いたら、こんな感じのショットを撮るのが恒例で

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ノルウェーのオスロです。

セルフショットなので、当然 take1 ではありません、顔が入ってなかったり、口しか写ってなかったりのNG、数カットの後のオッケーtake です。

初めての世界一番紀行の時、オイミャコン装備がすべて入るようにと、かなり大きめのスーツケースをさんざん、店回って気に入ったのがなく、最後に入ったドンキで色(濃い青)に惚れ即買い・・・・・・・三度目の登場、となりのデイパックもしかり。

旅立つ前に、自宅で入念に、衣類、アメニティ、薬品、から わさび、醤油に至るまで用意して、それから何十時間も大嫌いな飛行機に乗り、ようやく旅の出発点に着くわけですが・・・・

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(宿泊した、オスロ、アンケル・ホテル)

部屋に着き荷を開けた時に、あ~、始まるんだな~と身が引き締まります。今回は何がある!?何が待ってる!?誰に会う!?どこに行く!?何を感じる!?何を想う!?

感動と興奮の二週間が、いつもそこにあります!

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でも、綺麗な人がいたら、一緒に写真を撮るのは決して忘れません!

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2010年7月26日 (月)

リンケって人名?

気温を t 、風速を v とした場合

L=t-4×√v なんだそうな。

のっけから文化系人間が無理してます(だいたいからして、√の中にv入れる方法も知らないし・・・)

リンケの体感温度、だそうです。

かねてより、寒さだけで云えば、吹雪いた時のロングイヤービエンは、世界で一番寒いオイミャコンを超えた、と云いました。

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↑オイミャコンです

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↑ロングイヤービエンです

安原ディレクター、米谷カメラマン、音声のウッチー、お馴染みのメンバーです。

明らかに下の写真の方が寒そうです、気温はというと、上のオイミャコンは-40℃くらいかな、と。

ロングイヤービエンはこの時、-20度にならんかな、ぐらいだったと思います。

で、リンケの体感温度に当てはめると・・・・・・

この時の風速は、いわゆる[電線が鳴る、傘はさしにくい]程で、おおよそ風速20mと推定。なら、√20 はいくつ?えっと・・・・・・・

計算は割愛して、リンケの体感温度、風速が1m/s 増すごとに体感温度は約1℃下がるとあります。なんだよ、小難しい計算式で惑わしやがって~エヘヘヘヘ

てことは、この二枚の写真、体感温度は、ほぼ同じということになります

下の写真、ウッチーは寒さで顔が赤いです、米谷さんもオイミャコンより厚着です、安原さん耳おさえて寒さこらえてます・・・・・どひゃ~!です

「ロングイヤービエン、寒さは-15℃前後ですから、オイミャコン仕様の格好はtoo much だと思いますよ。ええ、全然大丈夫、荷物になるだけですし、もっと薄手のやつで・・・・・・」と云ったのは安原ディレクター

でも、自分はちゃっかり、オイミャコンと同じ格好してます。

「こんだけ、寒いと、やっぱり必要だったですかね~」と安原さん

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おいおい、オイラの、「相撲取りと見まごう肉襦袢的大容量ダウン」は遥か数千キロ離れたオータカ家の物置に置きっぱなしなのにその発言は・・・・・・

ま、でも、↑これ着てたら、寒さには耐えられたでしょうが、過酷感は半減、軟弱度は倍増。オイラの極限地専門リポーターとしての意地が・・・・・なんてね~

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2010年7月24日 (土)

何度乗っても嫌なものは嫌!

ゴキブリを好きになれる日が来ないのと同じように、飛行機に乗ることが好きになる日は僕には来ない、と固く信じていた。

だが、ロングイヤービエンからスベア炭鉱までの15分のフライトは非常に快適でした。

どでかいジャンボ機が飛ぶこと自体信じられない僕にとって、小型機は少なからずの安心材料。

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座った席も、コックピット丸見えのすぐ後ろの席。不安よりもちょいとワクワクドキドキの興奮。(小田急ロマンスカーの一番前の席みたい、乗ったことねぇけど)しかも副操縦士は美人女性。写真撮ればよかった~。

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そして、10年前、アメリカで乗った、超揺れまくり不連続バイブレーション・セスナとは雲泥の差、揺れないぶれない快適一直線、ブ~ンというプロペラの音も耳に心地よく、あっちゅう間の15分。

ま、15分だったからかな。

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それに、万が一、億が一、いや兆が一、落ちたとしても、プロペラ機だから、滑空して、真っ白な雪の上に綺麗にランディングするんじゃねぇか、という何の根拠もないお気楽根性。

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さてさて、いつかあるやも知れぬ、世界一番紀行・第四弾。

もちろん飛行機に100%乗ります。目的地に15分で着くはずもなく、滑空なんて概念のないドでかいジェット機に乗せられ、時にエアポケットに入り、この上ない恐怖を感じ、時に、つっけんどんなCAに冷たくされ、この上ない孤独を感じながら、思いはまだ見ぬ世界一。後ろの人を気づかって、リクライニングも倒せずに、背筋まっつぐ、握った拳を膝に置きゃ、あ~こりゃこりゃ、記念写真じゃあるまいに、前を見つめてなんじゃらほい。座りっぱなし、食べっぱなしの人間ブロイラー。眠れぬ機内、溜まるストレス、早く着け着け目的地、あったらいいな、どこでもドア、タラップ降りればカメラが回る、気持ち切り替えテンション上げて、さあ、張り切って参りましょう~!ってか。

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2010年7月22日 (木)

年と共に・・・・・

梅雨明けした途端、連日35度前後なんていう日々が続いております。

新潟のド田舎モンが住んで、はや32年。東京は今年も暑い夏になりそうです。

ていうか、俺の住んでるところ極端に暑くね!?

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ま、それはさておき、夏バテ防止には、「食」が一番!食べて食べて、はあ~それからまた食べて暑い夏を吹っ飛ばせ~~~~!

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でも、世界で一番標高の高い街、ボリビア・エルアルトに着いた途端、高山病にかかっちまった僕は、高山病特有の症状である、頭痛に加えて、食欲減退、という、最悪な状況。

食べてもいないのに、空ゲップと膨満感。最悪です!

着いて数日は、正味なハナシが、食事に行くのは、ちょいと苦痛でした。

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でも、食べなきゃ、身体が持たないし、高山病も緩和しないのかな、と思い、頑張って口には入れてましたけど。

僕も50(当時)、ドラマの撮影などでは、制作さんが持ってくるロケ弁当、「肉と魚、どちらにしますか?」と問われれば、7回に5回は後者を選ぶ今日この頃。

海のないボリビアでは当然、肉中心の食事がメイン。

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これが、なかなかね~・・・・整いました~

↑こんな俺とかけて、猛暑残暑も9月まで、とときます。そのココロは

すぐにアキ(飽き・秋)が来ます。

おーたかっちです!

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2010年7月20日 (火)

野生の証明

白クマ だけでなく

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↑こんなのや

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↑こんなのが、うようよいて、海岸に行ったり、すこし山の方に行ったりすれば、いつでも遭遇できるのかと思いきや、なかなか・・・・・

トナカイはスノーモービルで雪原を移動中に何度か、あとアザラシは双眼鏡でようやく確認できるかな、というのが一回。ゴマちゃんも北極キツネも、博物館の展示でお目にかかっただけでした。

野生の彼らに遭遇したところで、近づけば逃げるだろうし、↑こんなカットをカメラに納めることは至難の技。

ところが、帰国前日のこと、ガソリンスタンドの前で!

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夢中でシャッターを押しました~

・・・・・・・・・ってのはウソで、いやウソっていうか、↑これは、何年か前、ホントに僕らがガソリンを入れたGSの前であった出来事だそうです。

今でも、一年に何度かは、食べ物欲しさに、こうして現れることがあるとか・・・・・・・

白クマくん、地球温暖化のせいで、海にもぐり餌を取ってきて海面に上がった時につかまる流氷が少なくなってきて、溺死する、なんてことも聞きました。

さて、写真の御仁、車を盾に襲いかかる白クマと・・・・・・その後、どうなったか?

聞くの忘れました~

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2010年7月18日 (日)

おろしあ国酔夢譚

昔、大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)という伊勢の船頭(一行17名)が江戸に米を運ぶ途中、難破し遥か北上アリューシャン列島のアムチトカ島に流され、5年後、ようやく舟を自力でつくり、カムチャッカ、オホーツクを渡りシベリアを横断し首都、ペテルブルグで皇帝に帰国の許可を願い出て、10年後、ようやく日本に帰りつきました。

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この光太夫の10年の足跡をたどったのが、ご存じ、椎名誠さんの「シベリア追跡」

僕も、モスクワへ行く機内で読みました。

光太夫たちが経験した飢えと寒さは、僕が感じたものなんかとは較べるべくもなく、それはそれは凄まじかったに違いありません。実際、アムチトカ島、シベリア横断中、つぎつぎと仲間が倒れ、帰国の途につけたのは、光太夫ら3名だけでした。

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それから200年、僕も、光太夫たちが馬車か、それとも歩いたかはわかりませんが、通ったに違いないヤクーツクからオホーツクへのコリマ街道を車でひた走りました。

オイミャコン村までは、およそ800km 途中一泊はしたものの、延べ30時間近く、車に揺られていました。

ま、光太夫の10年を思えば、車内30時間缶詰め地獄なんて、屁みたいなものです。

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ただね、放送を見ていただいた方はわかるのですが、ヤクーツクを出発して氷の張ったレナ川を渡り、そこから延々ものすごい悪路を30時間、途中何度か怖い目に遭いながらも、車に乗って、マル二日程かけてたどり着いたオイミャコン、なのに、放送ではものの数分で着いちゃう、この理不尽さ!これを私は問いたい!

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いいんだいいんだ、90分番組なんだもん、わかってますよ、んなことは。ただね、ぼやきたかったのさ!

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2010年7月16日 (金)

ま、その~、なんと云いましょうか・・・・

午後3時過ぎ、日が短いのでもう沈まんかな・・・・

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世界で一番寒い村、ロシア・オイミャコンで見た「朝日のような夕日」です。

標高4150m、太陽に手が届くよう・・・・・

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世界で一番標高の高い街、ボリビア・エルアルトで見た「朝日のような夕日」です。

一年の1/3強は極夜で太陽が見えない・・・・・

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世界で一番北の町、ノルウェー・ロングイヤービエンの「朝日のような夕日」です。

照れくさい・・・・・・

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2010年7月14日 (水)

子供たちよ、そんな大人にならないで!

ボリビアの方々は、とにかく、中国人がお嫌いなようです。

スペイン人入植後の歴史的背景まで遡ると、その理由は、思わず納得!な部分もありますが、30字以内で述べる(句読点を含む)ことは到底無理なので、興味のある方は、ご自身でお調べになってください。

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さて、公用語であるスペイン語で、中国人は

Chino チノ 

僕らが、西洋人の方々のそれぞれの出身国を云い当てるなどということができないのと同じで、ボリビアの方々に、日本人と中国人の区別などつくわけもない。で、結局、僕らを見て、まず発する言葉が

「あんたたちは、チノか?」と。

↑この程度はまだいい方で、頭ごなしに「チノは、どっか行け!」と云われたり・・・・・・じゃがいも投げつけられたり・・・・・・

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一番ひどかったのは、市場で、僕らは一切何もしていない、ただハナシを聞こうとしただけなのに、その老婆が「チノに殴られた」と皆に触れまわり、それを聞いた人々が石を投げてきました。小石でしたが、スタッフさんにあたりました。もう~まったく!

↑こんなこともありながら、僕を見て

「ジャッキー・チェン!?」って云って喜ぶ人もいる(2/14参照)

よくわかりません。

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でも、日本人で、.[茅野さん][千野さん]は、ボリビア旅行はよ~く注意してくださいね

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2010年7月12日 (月)

アイスランド・・・・じゃないけど

世界で一番北の町、スバルバル諸島・ロングイヤービエンは北緯78度13分。

日本の最北端、宗谷岬が北緯45度31分ですから、どんだけ北か、どんだけ北極点に近いかわかります。

昨年、訪れた、世界で一番寒い村、ロシア・オイミャコンは一言で云うと、「雪で覆われた空気のメチャメチャ冷たいところ」といった印象ですが

ロングイヤービエンはもうこれしかない。「氷の島」です!

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オープニングコメント撮り中、流氷の向こうの対岸の山、すべてアイスバーン状態!

↓乗っかれる流氷を探して、そこからカメラに近づいて一言

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落ちないよう、滑らないよう気をつけないと・・・・僕がいるところは、前日までは、こんなだったんですが↓

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猛吹雪であっちゅ間に流氷がやってきちゃいまして↑あんなんになっちまったのですよ。

大自然を前にして、人はなんたる無力なことか・・・・・

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いやはや、帰国して早4ケ月。つくづく、えらい所に行ってたんだな~、と。

流氷とかけまして~

つまみも食べずに呑みっぱなしの人とときます。・・・そのこころは

どちらもタダヨッテ(漂って・ただ酔って)ます

おーたかっちです!

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2010年7月10日 (土)

Netで知るその後・・・・・

今から、10年前の今頃、僕は、↓この番組でアメリカは、モンタナ・コロラド・ワイオミングを駆け回っていました。

http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090008080130044/?n=6&q=%E7%8C%9B&o=1&np=50&or=t

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ご存知、ロデオは暴れる馬や牛に乗り、8秒間落とされずにバランスを取りながら、その芸術点、技術点を競い合います。

僕が取材したのは、この男、Deb Greenough

Deb

出身地のモンタナでは敵なし、96年には全米のチャンピオンになりました。

彼と一緒に、セスナに乗り、モンタナ・ワイオミング・コロラドのロデオ大会をまわりました。セスナ、怖かった~~~~。しかも、毎年、数人セスナで移動するロデオマンが飛行機事故で命を落とすとか聞いてたし・・・・・いやはや、全く・・・はい、気を取り直して!

彼には息子がいます。息子だけど名はクイ-ン Quinn 6歳(当時)

Deb の家にお邪魔させてもらうと、Quinn は小さなからだで木製の馬にまたがり、ロデオのルールや乗りこなし方を僕に説明してくれました。で、将来はお父さんみたいになりたい!と。

大会のエキジビジョンでは、まだ馬に乗るには危険すぎる Quinn ら二世たちが羊にしがみついてふるい落とされないようにする ロデオもどき をやっとりました。これが、また、かわいい!

あれから、10年、

父親の Deb は鞍のない裸馬に乗る ベアバックライダーでしたが、Quinn は暴れ牛のブルライダーになってました。

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↓後列、左から三人目、ブロンドの少年が Quinn

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いろいろ調べると、モンタナ州の大会で一位になったことも・・・・

Quinn いつか君が、ブルライダーとして、親子二代全米チャンピオンになったら、ぜって~会いに行くぜ!

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2010年7月 8日 (木)

[美の基準] というものは、それぞれのお国柄、異論を唱えるのはヤボってもんでござんす。

ま、そんなことを踏まえて、ボリビアのハナシ。

街を歩けば、見かけるミセスたちは、みなさん、ふくよかな体型。ま、簡単に云うと、おでぶちんさんが多いのです。

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おでぶちんさん、いやさ、ぽっちゃりさんから受ける印象は万国共通、皆さん、優しそうです。笑顔が素敵です。声をかけて、はにかむ様子が可愛いです。

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民族衣装のポリエラと呼ばれるスカート。一着に6mの生地を必要とします。ま、ひだスカートなので、随分と使いますが、ミセスたちの腰の太さを考えると、これぐらい必要なのでしょうか。

いわゆる だるまさんのような体型がボリビアの女性の理想のフォルムなのだそうです。

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このフォルム目指してたくさん食べるのか、それともインカの時代から脈々と続く遺伝子で、ほっといてもこのフォルムに落ち着くのかわかりませんが、痩せたミセスは、ひとりもいませんでした。びっくりです。

できうることならば、ボリビアのマドンナ(6/8参照)、エベリンには・・・・・・・・いや、考えまい

整いました!

ふくよかな女性とかけまして~

警視庁交通課とときます・・・・・そのこころは

どちらもシボウ(脂肪・死亡)を減らしたがってます

おーたかっちです!

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2010年7月 6日 (火)

男が惚れる男

ノルウェー本土出身の彼は、たまたま観光で訪れたスバルバル諸島・ロングイヤービエンの手つかずの自然に魅了され、冬季、スノーモービルで島内をめぐるツアーコンダクターになりました。

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愛する彼女は、彼のツアーに参加したお客さんだったひと。エニシですね~。もうすぐ結婚するそうです。

ロングイヤービエンでツアコン中は当然、ノルウェー・オスロに住む彼女と遠距離恋愛状態。

日本からTVプログラムがやってきて取材を受けることになったと彼女に報告すると、すごく喜んだそうです。

だから、「放送後、DVDが送られてくるのが、すごい楽しみなんだ。休みでオスロに帰ったら、彼女と一緒に見るんだ!」と。

取材中、彼のインタビュー以外でも、実景やらなんやら撮ってるとあっちゅう間に時間は経ってしまい、契約の時間をとうに過ぎても、「俺の事は気にしないでくれ、いい番組にするために俺は協力するよ!」と。男気満載!

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あ~~~それなのに、それなのに、放送内に彼は登場しません。

番組構成上、安原ディレクターが泣く泣くカットしてしまいました。

放送後、送られたDVDを、彼が愛する彼女と見てる姿を想像すると忍びないのですが・・・・・

でも、君にしてもらった歓待は、さりげなく優しく、隅々まで行きわたり、最高だったぜ!絶対忘れないよ~!

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ありがとう!ヘンドリック!

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2010年7月 4日 (日)

NHKコード

オイミャコンに着いて、すぐ向ったのが、「世界最寒の碑」

-71.2度と刻まれた碑の前、車から降り、温度計を片手にしばらく気温が下がるのを待っていました。

-50度近くになり、10分ぐらい経ってからかな~、シルク、毛糸、ミトンと手袋を三重にしなければならないのに、ミトンをしないでいたら、手があっちゅう間に冷えてしまい

寒い、痛い、痛い、寒い、痛い、冷たい、冷たい、痛い、痛い、とにかく痛い

思わず「痛ぇ~~~!」と大絶叫。

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指先は完全に冷え切ってしまい、どうしたって、痛いだけ、という最悪な状況!こんな鈍痛、初めて、どこにも怒りをぶつけられぬまま・・・・・

手を擦ったところで、敵は-50度。とうてい勝ち目はない。

焼け石に水だろうが、とにかく指を動かさねば、と。

ミトンをはめた手を開いて閉じて、閉じて開いての繰り返し。

あれ、これ、どっかで見たことあるぞ・・・・・・

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「なんか、俺、パペットマペットみて~、牛くん寒いね~、そりゃそうだよ-50度だもん・・・・」

もう、-50度、極限に追い込まれたらなんでもありです。ですが、オータカ、思いました。

(NHK的には、パペットマペットといった固有名詞をもしかして放送では使ってもらえそうにないから、今のコメントはNGだな)

(あれ、待てよ、パペットマペットはだめなら、これはどうだ!?)

「なんか、これ、セサミストリートみたい!ヘ~イ!クッキーモンスターにエルモだぜ~!」

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(NHK的に、この番組放送してんだから、コメントとしては全く問題なしだぜ!お、カメラマンの米谷さんも笑ってる、エヘヘヘ)

-50度下で、ナチュラルハイになったかどうかわかりませんが、僕は、手が凍てついて痛ぇ~のを紛らすために、↑んなことを「世界最寒の碑」の前でのたまいながら、ちょっとやった感で車に戻りました。

以上、オールカットの下りを供養公開してみました。(涙)

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2010年7月 2日 (金)

マドンナ・しょの参

                  Madonna in Longyearbyen

 スベア鉱山行きの飛行機に偶然乗り合わせた彼女、眼鏡をかけ聡明な顔立ち、レポート提出のため調査に行くとか。しばしのインタビュー。「きれい!」

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到着後、後ろ髪を引かれながら彼女と別れ、今回の取材対象のミランさんを訪問。鉱山を取材した後、帰路の飛行機で、また、彼女に遭遇。そりゃ、そうだ、日に往路復路一便ずつだもの、となんだか相田みつを風。

後日、太陽祭(6/10参照)を取材、いろんな人をインタビュー中、僕の肩を叩く人が。

見れば、件の彼女!狭い町なので、あってもおかしくはないと思うものの、この偶然に感謝!

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もちろん彼女に、太陽祭の意義についてインタビュー、二度目。

翌日、ミランさんの息子たちの学校を訪問。

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↑長男のボリスラブの教室へ向う、フランス語の授業。

なんたる偶然、彼女はボリスラブのクラスメイト。

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名は ミカエラ

このフランス語の授業風景もしこたま撮影したが、ミカエラの二度に渡るインタビュー共々、本編には一切登場しない。

オイミャコン、エルアルトと違い、ロングイヤービエンのマドンナは安原ディレクターによってすべてカットされてしまった。

こんなことになるなら、ミカエラと写真いっぱい撮っとくんだった。

幻のマドンナ。いや~、それにしても

ミカエラ、美人だったな~ あ、これは「見返り美人」↓

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