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2011年2月

2011年2月24日 (木)

ご報告(3度目)

明日、成田を発ちます

僕自身も、突然の事なので正直びっくりしています。

スケジュール的にかなり厳しいので、その「ここではないどこか」へは、来年あたり行けたらいいね、なんて話していたのに。

上層部から、いきなりオッケーが出ました。

すみません、また行き先を申し上げることはできません

ジブチのハナシも含め、まだまだたくさん、ご紹介したいのに、またもや、ちょいと中断せざるを得ません。

・・

・・・

・・・・

・・・・・

今度こそ、まじでまじで、いろんな意味で

オータカ、最大の試練であります。

・・・・・

・・・・

・・・

・・

行き先も内容も、全く云えない、この状況。

どうかひとつ、汲んでいただきとうございます

ただ、ひとつ云えることは、今回行く「ここではないどこか」も、直行便で行けるようなところではなく、二度乗り換え、大の飛行機嫌いの私が、3回もあの鉄の塊に乗り、いつ落ちるとも限らないという地獄と戦いながらでないと着かないところであります。これだけで苦行であります

帰国は3月中旬、日本は春の兆し

桜の蕾も、膨らみ始める頃かと

それまで、しばしのお別れです

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お元気で   大高 洋夫 拝

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2011年2月22日 (火)

キャラバン随行異聞

アッサル湖の塩を運ぶキャラバンは早朝から始まります

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石で塩を削り取り、それを袋に詰めます。らくだ一頭に6袋(約120kg)背負わせて、隣国エチオピアまで運び、塩を小麦粉やら食料と交換します。

太陽が昇る前に出発しようと皆、手際良く働いていました

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随行しましたが、キャラバン隊の方々の足元を見ると、皆さんビーサンやらサンダルやら軽~い格好、アッサル湖を出ると、そこは一面、ガレキの砂漠(礫砂漠)なのにです。

最初は元気だった僕も、陽が昇り、徐々に暑くなってくると、なかなかついて行くのが大変になって来ました

でも、らくだは120kgもの塩を背負ってがんばっているのだから、もちっと根性見せないと。

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でもね、ど炎天下、軽く40度超えの気温、そしてスニーカー履いてても靴底が焼けるように暑い地熱、恐るべし礫砂漠です

もちろん、番組的にもいろんな画がほしいところ。

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ディレクターの安原さん、カメラの米谷さんらは車に乗って遥か先まで行き、丘の上まで登り僕らが来るのを待ちます、大ロング狙いです。

↓2頭目の らくだの横に、いるのがオータカです。

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結局、僕らが通り過ぎるのを延々撮っていました。この後も、僕はガチで、カメラも回ってなかったけど、ず~~~っとキャラバン隊と一緒に歩きました。

ご存じ「放置プレイ」です。・・・・エヘヘヘヘヘ

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2011年2月20日 (日)

RとL

世界で一番暑い土地 アファール三角地帯~ジブチ~

ジブチはイスラム文化圏、敬虔なムスリムの国です

一日5回の礼拝と年に一度の断食はムスリムにとって神からの恩恵を受けるための、大切な行いであります

断食のハナシはまた今度しますが

ジブチの町の中にある、ムスク

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一日の中で決まった時間になると、「アザーン」と呼ばれる、礼拝の歌が町に流れ、人々が、ぞろぞろとムスクの中に入って行き、お祈りを始めます。

でも、男性だけです。聞けば、女性は家でお祈りしたり、女性専用の集会所があるそうな。

出先だったり、近くにムスクがなかったりしたらどうするのかな、と思ったら、自分専用の敷物を持ち歩き、メッカの方角に向ってお祈りをするそうで・・・・・

実際、ロケ中、現地コーディネーターが敷物を敷いてお祈りする姿を見かけました

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イスラム教は世界で二番目に信徒の多い宗教だそうです

ジブチにはドバイ経由で来たのですが、もちろん、UAEもイスラムの国です

ですから、ドバイ空港内にムスリムの方々のための

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PRAYER ROOM があります

PLAYER ROOM ではありません

中は防音設備が完備、どんな楽器を演奏しても音が漏れることはない・・・・と勘違いし、入っていくミュージシャンはひとりもいませんでした・・・・エヘヘヘヘ

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2011年2月18日 (金)

Salty Candy

もうちょいと、世界一しょっぱい湖のハナシを

世界一暑い土地 アファール三角地帯~ジブチ~ にあるアッサル湖

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干上がったところは、以前お伝えしたように金平糖のようですが

湖水の方へ行くと、事情がちょいと変わります。

水中の塩分が、波と共にころがりながら固まって行き、丸い形をなして、波打ち際に集まるそうです。

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それを集めて、お土産として売っていたのが、彼らでした。後ろ姿で恐縮ですが・・・・・

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アッサル湖の塩は、らくだに載せて隣国エチオピアまで運び、小麦粉やらいろいろな品々と交換する、と彼らが教えてくれました。

その、ど炎天下で、歩きづくめのキャラバンに随行したハナシはまた、後日に。

で、僕も、その塩をお土産にもらって帰りました。

真っ白でそれはそれはキレイです。

ちょっとした器に、入れて出したら、たいていの人は、ミルク飴かなんかと思い口にするやもしれません。

でも、ひとたび口に入れたら、しょっぱい!なんて感覚を通り過ぎて、「苦い」、「不快」、「痛い」、の三拍子ですから

どうです!?

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なんならお分けしましょうか?(笑)

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2011年2月16日 (水)

ボリビア入り~

2009年8月13日

 5時半に目が覚める。まだ、ちと暗い。7時過ぎ、安原さんと朝食に。皆と合流。9時半頃、空港へ。チェックインしてお茶しに。

ペルーのイミグレは、比較的ゆるい。飛行機はまず、ボリビアのサンタクルズに行ってから、戻るかたちでエルアルト空港に。少し早めに着く。

標高4000m超の空港。

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そうそう、機内で「外郎売」とオープニングコメント撮り。で、機のドアが開いた瞬間に、カメラの小野塚さんが、「(空気の薄さが)来ますよ!」と。

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必死に腹式呼吸をする。タラップを降りると、まわりは山に囲まれた中にポツ~ンとある空港。空気の薄さを感じるよりも「着いちまったな~」と実感。

腹式呼吸を続けながらゆっくり歩く。走りは厳禁。イミグレまでも、ゆっくり歩いた。

荷物を待ってる間、何か頭がポ~っとしてきた。空港を出ての到着コメント撮り。頭が少し膨らんでるような感覚。

現地の人は陽気だ。気軽に挨拶してくる。

頭痛はないが頭に残る違和感。そのまま、車に乗って、ラパスが一望できる展望台へ。

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「外郎売」に挑戦。機内で云えたとこまで続かない。酸欠?ちとフラフラした。

少し、やべ~とこに来ちまったな~と思った。

ホテル着。ちょいと手にしびれを感じる。ま、軽い高山病?

小野塚さんも音声の佐竹さんも全然平気そうだ。コーディネーターの ともこさんのご主人も合流して、ホテルの最上階で食事。ご主人の英語は比較的分かりやすく、「シャーマン」の話が面白かった。

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食事のシシカバブは今イチだったが、コカ茶は最高にうまかった。高山病にもいいらしい。日本に持って帰りたいがムリ~。

「心臓への負担が大きいので今日はシャワーは入らない方がいい」と云われた。

ゆっくり寝たい。

ここまで、かなり強行軍だったな~。

{註・カメラの小野塚さんは、アルピニスト野口健さんとエベレストに登ったことのある人。音声の佐竹さんはラパスも二度目で高地はお手の物。ディレクターの安原さんも数々の番組で高地は経験済み。結局、僕だけ、高地ビギナー。高山病の本当の苦しみは、この次の日以降にやってくるのです・・・・ギャ~~~~!}

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2011年2月14日 (月)

暑さの「表現」

世界で一番暑い土地 アファール三角地帯~ジブチ~

この旅の目標は、09年2月、世界で一番寒い村 ロシア・オイミャコン で経験したのが、-53度なので

寒暖差100度

つまり、47度以上を、体験することでした

帰国後、早5ケ月程に、なんなんとしとりますが、皆さまに、あの地獄のような暑さをなんとか画像を交えてお伝えしようとしとりますが、これがなかなか難しい

オイミャコンってどんなとこ?と問われれば

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↑こんなとこで

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↑こんな格好でないといられないとこ、と

もう、見るからに、極寒の地 というのが伝わると思います

じゃ、ジブチは?

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↑これは、暑くて昼間、ほとんど人通りがないってやつをビルの屋上から撮ったやつ

↓これは、上の写真のヤシみたいな葉っぱから暑い日射しを

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フツ~に40度を超えてるんですけどね・・・・

体温なら、フラフラでっせ!

でも、伝わらないんだよな~

結局、一番説得力あるのは

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こういう顔してる写真なのかな、と

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2011年2月12日 (土)

水中浮遊

世界一暑い土地にある、世界一しょっぱい湖

アッサル湖

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塩分濃度の数値とか、聞いたところで、「へぇ~」で終わりますが、とにかく、敢然たる事実は塩分濃度が高いと

「浮く」ということです

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塩の湖に砂浜と呼べるものはなく、干上がって固まった塩浜で、水の中に入って行っても、底は、カッチカチの塩の岩盤の様な感じで、正直、裸足だとチクチク痛かったっす。

遠浅で、ひざよりちょいと上ぐらいの深さがずっと続いてました。

で、浅かったけど、カラダを浸けてみると、それはそれは見事に浮きました。

めちゃめちゃ気分がよかったです

日本から来た、おっさんが、アッサル湖ひとり占めです。誰もいません。たった一人で浮いてました。

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撮影後、カメラの米谷さんが

「タカさん、なんかリゾート感、満載でタカさんらしくないな~」と

そうなんです。僕の世界一番紀行のテーマは、ずばり

過酷感!

米谷さん、続けて、「タカさん、もしかしたら、この下りカットになっちゃうかも、だって楽しそうなんだもん!」と。

実際、放送見ると、僕の現場での、興奮度最高潮リゾート万歳的絶叫はかなりカットされていました。

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確かに、楽しくて浮かれてたな~俺、

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2011年2月10日 (木)

とにかくずっと車の中!

2009年2月9日(月)

 5時45分起床。いよいよオイミャコンに向けて出発だ。一路コリマ街道を走る。まず、十字架の碑に寄る。コリマ街道建設で強制労働のため亡くなった人たちの慰霊の碑。

撮影後、車に乗り込み出発しようとした時、対向車に大型トラック。ドライバーのジーニアちょいと車を右に寄せたら、へこんだ路肩(雪でへこんでるようには見えなかったけど)にタイヤがはまり、あわや横転。車は斜めに傾いた状態で止まったが、どうにもならない。

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で、その大型トラックが我々の異変に気付きすぐ止まってくれて、もっそ~太いロープを出してきて、牽引して助けてもらった。こういった事はよくあるらしく「助け合い」はコリマ街道の鉄則だそうな。

しばらく行くと、今度は反対車線にスリップ痕。その痕はそのまま崖下に続いていたので、すぐ車を止めて見に行くと、崖下に車が!ジーニアが降りて見に行ったが、ドライバーはいなかった。車を捨てて誰か助けを待って行ったんだろう、とジーニア。

それにしても昨日のトラック転落現場遭遇を立て続けに3件。恐怖!

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それに輪をかけるように、昼近くなった時、助手席の米谷さんが「ジーニアが眠そうだ、休憩しよう!」と。居眠り運転はゴメンだ!で、お昼にすることに。車の中で昨日と同じように、パン、ハム、缶詰。コーラ最高!

食べて元気になったジーニアは午後から快調。途中、川で休憩。水温2度、暖かく感じる。

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サルダーナ(現地コーディネーター)と写真。

また、延々と走る。休憩をはさみながら延々と走る。

安原さん、米谷さんと「仕事」について語り合った。

ようやく手前30kmのトムトルに到着。給油。ラストスパート。小一時間で、ついについに

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オイミャコン到着。

ハンディガを出発して15時間半。長かった~

(註・ディレクターの安原さんが、「帰りはヘリにしたい!」と本気で思うほど、シビれる行程でした。とにかく、樹氷をはさんで、ず~~~~~~っと続く一本道ですから、それはそれは、大変なんです、はい)

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2011年2月 8日 (火)

塩平原ひとりぽっち

「世界で一番暑い土地・アファール三角地帯~ジブチ~」

そのジブチ市内から西に120km程行ったところに

「世界で一番しょっぱい湖」があります

アッサル湖です 

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塩分濃度は「死海」よりも濃い、34.8% だそうな

水分はどんどん蒸発し、しかも40度以上の気温に、地熱も加味し、アッサル湖の半分弱は、塩の平原になっとります

塩の結晶が固まった形かどうかよくわかりませんが、一面どば~~~~~~~っと、もう360度、しょっぱい金平糖が!

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その平原の広さを撮影すべく、僕をポツンと立たせて、米谷さんがロケ車の上からロングを撮っています。

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米谷さん曰く 「放置プレイ」とな!・・・・・いや~ん・・エヘヘヘ

でも、残念ながら、安原ディレクター、このカットは使ってくれませんでした~

で、その「放置プレイ」中に、どこからどうやって紛れ込んだのか、このだだっ広い、真っ白な塩の平原の中に、コオロギの死がいを発見

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まさか、飛んできた?何故、塩の中?塩、食べた?・・・・・・でも、なんか、ちと、かわいそう・・・・・・

「放置プレイ」が続く中、平原を歩いていると足の裏に違和感・・・・

で、靴底を見ると、しょっぱい金平糖がびっしり張り付いてました。

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いろんな発見をした「放置プレイ」でした。

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2011年2月 6日 (日)

ロングイェールビーン!?

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&rlz=1T4SUNC_jaJP358JP358&q=%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%B3&um=1&ie=UTF-8&hq=&hnear=%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%B3,+%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%AB&gl=jp&ei=ZPRATai-C4WivQPH2cjwAg&sa=X&oi=geocode_result&ct=title&resnum=1&ved=0CBgQ8gEwAA

Longyearbyen と表記する、世界で一番北の町

僕らは、ロングイヤービエンと云ってましたが、Google では、ロングイェールビーン となってました。

ま、細かい事はさておき、Google Earth はやっぱりすごいです!

↑をクリックしていただくと、左上方に空港の滑走路が見えます

(あ、「航空写真」になってなかったら、それをポチッとしてくらさい)

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にしても、島全体、真っ白ですね~

で、海沿いの道を真っすぐ行きます

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市街地のちょいと手前で右折すると、僕らが宿泊していた、

あ、+ボタンをクリックして画像を大きくしていただけると幸いです。

海がちょうど見えなくなるぐらい、拡大していただくと、ロングイェールビーンと書かれたA地点より、ちょいと左上に

「Marry-Ann’s Polarrigg 」と。

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↑これです。ゲートの上にも「Mary Ann Riggen」と。 で、骨はトナカイかな、と。

そして、実際、ロケ中に撮った町の全景

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宿泊先は左手の方、少し右の密集したあたりが中心地、ここに取材させていただいた、COOPやらショッピングモールが集まっています。取材対象のミランさんの家は、右手前の方です。

どうです?ロングイヤービエンに行った気に・・・・・なるわけねぇか。すんません、Googleで見つけて嬉しくて、ちと、思い出に浸りすぎてしまいました。

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2011年2月 4日 (金)

Sheraton!?

40度を超える気温の中、エアコンのないタクシーに乗って15分

宿泊先の、ジブチ・シェラトン 到着

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ホテルの隣にはカジノがありました。行かなかったけど・・・・・

で、正面玄関。

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この先は、エアコン がんがんに効いてる、それはそれは快適なパラダイスがあります。

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ロビーであります。出発前やら食後やら、いつもここでカメラの米谷さんたちとくっちゃべってました。

で、部屋。

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ま、こんな感じですが

出発前、「ホテルはシェラトン」と聞かされ、小躍りしたのですが、すぐさま、「シェラトンと云ってもシェラトンじゃないです」と云われました・・・・・ま、よく云われてる意味がわかんなかったけど、実際着いてみたら、あ~そ~、なるほどね~みたいなことはあって・・・・・・

チェックインで、カードキーをもらうまでのひととき。冷たいおしぼりがサーブされ、首など拭いて待ってたら

どこからともなくやってきて、おしぼりにピタっ!

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蠅のいるシェラトン!オ~マイガッ!

そう、ここは、アフリカ!

ていうか、俺の汗のオイニーにすぐさま飛びついてきた、この蠅ってば・・・・・

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2011年2月 2日 (水)

ボリビア・エルアルト日記 初日

2009年8月12日

前回(ロシア・オイミャコン)と同じ、アサヒ交通・神田さんがワゴンタクシーで家までお出迎え。芝居(散歩道楽「すこし離れて、そこに居て」)が二日前に終わったばかりで、ようやく疲れが取れたかな、と。一路、成田へ。第一ターミナル北ウイングに着くと、ちょうど安原さん(ディレクター)小野塚さん(カメラ)佐竹さん(音声)と合流。チェックインを済ませ昼食。

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後、本を買って機内へ。座席が1A 、いっちゃん前の窓側だ。ちと、すくむ。隣のアメリカ人らしき青年、離陸してすぐ寝る。しかも、鼻水垂らしてる、半端ない長さ。15cmはあろうか、切れずに微妙に揺れている。「いなかっぺ大将」のようだ。注意すべきか否か逡巡してるうちに、青年目が覚めて、自分の鼻水にびっくりしたのか、手で隠すも・・・・・大変なことになってる。見て見ぬふりが得策。

アトランタ空港まで12時間超。前回の機内食ばか食いを反省、セーブしよう。夕食はチキン、△(評価)。映画、「グラントリノ」を観る、◎。クリント・イーストウッド最高。寝つけず、もう一本観る。「ウオッチメン」△。不思議な映画だった。

外郎売りの練習、ちょい寝た。機内が明るくなり、朝食、ヌードル、△。ここでも半分以上残す。食べ過ぎは禁物。

アトランタ着。アメリカはトランジットなのに、9.11以来、厳しくなり、入国審査がある。別にやましいことは何もないのに、いつもドキドキ。

「ペルーに何しに?」「TVプログラムです」

「あなたは?」「レポーターです」

「お金はどれくらい持ってる?」「持ってません」

「何故?」「レポーターはお金必要ありませんから」

よくわからんやりとりをして無事通過。

ペルー行きの機に乗るや、また機内食。半分くらいにしとく。

「ホノカアボーイ」を観る、○。せつなかった。喜味こいし師匠「年取ったら、やっちゃいけないことなんて何ひとつない」と。いいセリフだな~。

ペルー・リマ空港着。イミグレで機材を置いてけと云われるも、上層部を呼んでもらってなんなく解決。

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すずきともこコーディネーター(ペルー・クスコ在住)、明るい人だ。楽しいロケになる予感。ホテルは空港の目の前。レストランで明日の打ち合わせ。成田を出て、ほぼ24時間が経った。部屋は安原さんと一緒。シャワーを浴びて明日に備える。「外郎売り」がんばんなきゃ!

(註・出発前の打ち合わせでは、オープニング・コメントのシーン、「外郎売り」にするか、それとも、第三舞台の芝居のセリフにするか、っちゅうハナシになったのですが、鴻上尚史に許可取ったりとか、めんどくさかったし、終わった芝居のセリフまた覚えるの嫌だったので・・・・・エヘヘヘヘ・・・・・・拙者親方と申すは~・・・・にしました)

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